50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

2020年10月

この夜から、眠れなくなりました。

毎朝4時くらいに目が覚め
あーでもない
こーでもないと色々考える日々が続きました。

元夫の不倫云々の追求はとりあえず置いておいて。

彼が、私を探っている理由はなんだろう、というのが不眠の原因でした。

自分がやっているように私も不倫をしている(かも?)、と思っているのだろう。
そして、彼はその「証拠」を躍起になって探している。
それは

何のため????

そこが、分からない。

「お前、不倫しているだろう!」と私に突きつけるため?
⇒有利に離婚したい?

万が一自分の不倫がバレたときの保険のため?
⇒お互いさまじゃないか、という落としどころ?⇒離婚はしたくない?

そして
私のバッグの中はどれだけ見られているんだろう
パソコンは?スマホは?
手帳は?財布は?
あの引き出しは?あの郵便物は?
通帳は?

自宅が全く、くつろげる場所ではなくなりました。

ノイローゼ、になりそうでした。

元夫が得体のしれないモンスターに思えて
そんな人間と一緒に暮らしている息苦しさ

朝、元夫とリビングで顔を合わせた瞬間、吐き気を催して
嘔吐いてしまったこともあります。

色々、考えました。
「なぜ?」の答えは元夫が持っているのですから
いくら考えてもそれは「推測」の域を出ないので
冷静に、分析、してみようと努めました。


2019年7月時点で元夫は60歳
年度末で一旦定年退職し、「嘱託」での勤務になっていました。

収入は若干減りましたが、それでも好待遇で
引き続き役職もそのままで
「役員待遇」という扱いまでいただいていました。
仕事内容もそのまま、責任のある仕事を任されていたので
以前と変わらず「出張」という
不倫旅行の隠れ蓑もバリバリ使えていました。

退職金はすでに支払われ、そのうちの数百万は元夫からの
「好きに使いたいから(俺の退職金だから)」という理由で
元夫の口座にスライドさせていました。
(これが不倫に気付いているときだったら、私ももう少し使い道を詮索したと思いますが
金額の多さに少し驚いたものの、素直にそちらへ振り込みました)


嘱託契約は1年ごとの更新で65歳まで。
「出張」という隠れ蓑はあと数年でなくなります。
そこから先はどうするつもりなのか
65を過ぎたら小さな会社を立ち上げたい、と言っているけれど
その会社を隣県(彼女の住んでいる県)に構えるつもりなのだろうか

そもそも、不倫相手の女性は10代のころからお付き合いがある方です。

これはもう「相性」がいいというのか
私としては「熨斗付けて差し上げたい糞男(コメント欄から引用させていただきました)」でも
二人はそれはそれは気が合うのであろう、
残りの人生を一緒に過ごしたいとは思わないのか、
思ってるでしょうよ

だとしたら…
「離婚」したいのか?
それとも
「離婚はせず、このままの状態で『おたのしみ』を続けたい」のか?



『不倫は継続しながら、結婚生活も続けていく』

それが元夫の理想とする生活だとするならば
私にとってそんな屈辱的なことあります?

もし元夫が「結婚生活」に執着するとすれば
ひとつだけ思い当たることがありました。

二世帯同居をしている=わたしは跡取り娘、なわけです。

今は元気な両親ですが
遠い将来、私が両親から相続するものが
幾ばくか、あります。
老後資金として世で言われているような金額を用意しておかなくても

年金と併せて、そこそこ暮らして行けるであろう
不労所得(不動産)をいつの日か、私が手に入れる未来、が待っています。
(それとは別に、親からの指示で、実は元夫に内緒で私は不動産(土地)の購入もしていました。)

今までの暮らしの中でも
私の両親からの金銭的な援助はある程度受けていました。
苗字こそ継いでいないものの
子どもたちを「内孫」と思ってくれ、教育資金などもいくらか助けてくれました。

私は甘えながらも申し訳ないと思っていましたが
元夫は「出せるんなら出してもらって当たり前」という考えの人でした。
何なら「もっと出してもらえないのか」的なことを言ったこともあります。
(夫の実家は裕福ではありませんでした。むしろ義両親にお金を無心されることもありました)

主婦としては
そこは私も悪いのですが
それほどお金に執着も無く、節約ややりくりをしっかりするほどでもなく
決して浪費家ではないし
身の丈以上の生活をするわけでもないけれども
のんきな大蔵省でした。
(家計は、任されていました。元夫はお小遣い制でした)

将来は、相続したものがあれば安泰、だと考えていました。

そこに元夫も便乗してくるのは、間違いありません。
夫婦なのですから。
彼にとっては私は「これからの老後の生活に利用価値のある、金の卵」なのです。

その金づるは手放さず
その金づるから出る金を使って
愛人とよろしくやっていく、というのが彼の今後の人生設計だとするならば。


申し訳ないけど
老後は金銭的な窮地に立っていただこう、
それが私ができる、そして元夫にとっては一番堪える報復だ、と考えました。

お相手の方と一緒になろうがどうしようが、
(その時点ではお相手が既婚なのかバツがついているのかは全く分かりませんでした)
お好きにされるといいわ、と思いました。

今の家(二世帯住宅)が父の土地の上に建っている限り

いくら揉めたとしても
「離婚」となれば

最終的に元夫は「持ち家無し」の高齢者になるわけです。
(そして財産分与をするとしても預貯金もそれほどありません、
それは私がのんきな主婦だったから。
これは意図していたわけではないのですが
彼にダメージを与えることになります。無い袖は振れないもの)

可哀想なことに、彼に実家というものもありません。
とんでもないご両親は生涯賃貸生活でした。
(勢いで結婚してしまったから、こんな大変な義両親だとは知りませんでした)

マスオさん(元夫)が
随分王様気分で26年間、私を押さえつけてくれましたが
それが、どのような基盤の上に成り立っていたのか、
思い知っていただこうと思うに至ったわけです。



私も十分わかっています。
友達にも言われました。

「あんた、実家の親(親の経済力)に感謝しぃや」

そうです。
金銭的な後ろ盾の計算ができていたからこそ、思い切り「離婚」に向かって
突き進む勇気が持てたのは否めません。


自分(わたし)のしたことは「探偵」で
元夫がコソコソしてたことは「スパイ」だって

ひどいかなー(^^ゞ

でも「それ」(私のプライバシーをコソコソ探ってる写真)を見つけた時
本当に体の震えが止まりませんでした。
「なにこれ?」「うちにはスパイがいたの?」「もう1年も前から?」

どんだけのんびりさんやねん、自分。

全く、気づきませんでした。

ブログの最初から「第六感」などと言って
わたしは鋭いのオーラ出しておきながら
なんてお粗末。

多分わたしの人生でこの夜が一番の衝撃だったような気がします。
不倫を確信したというよりも

元夫の行動の不気味さと
探られていた、
そのことに全く気付いていなかった自分、も含めて
ショックすぎて何も考えられなくなりました。


なぜ、元夫がそのようなことをしていたのか
それについては思い当たる理由がありました。
まず、「私専用のパソコンの画面(メールのやりとり)」が原因です。

文章を書くことが好きな私は数年前から「メル友サイト」にハマっていました。
出かけることも制限され
配偶者は話もロクに聞いてくれない
聞いてくれたとしても、根本的に価値観が合わないので
見当違いのリアクションが返ってくる

そんな配偶者に対する愚痴や
ただただ「話し相手が欲しい」(電話すらいい顔をされないので)
その理由で、何年にもわたって、多分何百人という人と
メールのやりとりをしていました。

ポイントは何百人、というところで…
メル友って
続かないのです。(同時に何百人、ではない!(笑))

1日限り、という人も多く
せいぜい2,3日
もちろん中には何年も続いているメル友さんもいましたが
とにかく切って捨て、切って捨て、ぐらいの勢いで
やりとりをしていました。
(そこそこ会話が成立すれば誰でもよかったのですよ
もちろん、女性のメル友さんもいましたが、送って来られるのは圧倒的に男性が多かったので
必然的に男性とやりとりしてることが多くなりました。)

正直に言うと、寂しかったのです。
社交的でおしゃべりなわたしですが
元夫に行動を制限され(完全に「行くな」と言われるわけではないけれど
不機嫌オーラが続くうちにすっかり諦めて、自粛していました。)
元夫が、その不満を補完するくらいの
聞き上手話し上手な素敵な話し相手かと言うとそうでもなく
口を開けば不平不満のネガティブ発言、となれば
わたしのはけ口はどこにもなく

ネットの中だけが「甘えられる場所」でした。

顔も見えない相手だからこそ
正直に「夫婦不仲」の話も出来ましたし
ざっくばらんに趣味の話や
地元ネタならばお勧めのお店の話、
子どもの進学や就職についての相談
(相手が学校の先生だったり、企業の人事担当の人だったり、ということもありました)
サザエさんとして実両親と暮らすことの不満
お金のことや
転職の相談など
(肩書や職業によって)相手を変えて赤裸々に話ができる、という気安さもありました。

あまり誠実ではありませんが
「本名を知らせず」「電話番号やLINEも教えず」
「メールでやりとりする」
それも、スマホばかり触っていると元夫が「スマホばかり触るな」というので
PCのサイトからログインする
という徹底ぶり


そして「実際には会わない」

がマイルールでした。

メル友サイトの中には
ほとんど「出会い系」のノリで「そういう関係を求めている男性」が9割くらいだったと思います。
(聞くところによると、女性もそのような人(はっきりそう言われる人)がいらっしゃるようでした)

プライドの高い私は
「万が一恋愛(不倫)をするならば、実生活から順を踏んだ普通(?)の恋愛がしたい」

私が恋愛をするとすればそれは「不倫」
出会いが「ネットのメル友サイト」なんて絶対嫌だ(なにさま?(笑))
それなりのドラマが無ければリスクの高い恋愛に踏み出す価値はない(なにさま(笑))

つまり「ネットで相手を手っ取り早く探す」という行為を
心から軽蔑していましたから
(言い換えれば、実生活でモテない人がすることだ、と思っていましたから)

会ってみませんか
デートしようよ

などという誘いをのらり、くらりとかわしていました。
バシっと切らなかったのは
ただ「メル友が居なくなるのがいやだ」という理由でした。
話し相手はキープしたい
でも会う気はゼロ

なんとなくその気があるような
でも都合が悪くて無理だわ、的なあしらい

~~~~~~~~~~~~~


そんなやりとりを、元夫は写真に収めていました。

だから
彼が「変な疑い」を持っても仕方がないシチュエーションだった、と
それについては私もすぐ理解しました。

その写真は2018年8月に撮影されたものでした。
私が元夫の不貞に気づくよりも1年近く前の出来事でした。
そして元夫の不貞はもちろん2018年より前から始まっていました。

つまり
「絶賛不倫中」の元夫が
妻(わたし)の怪しいメールを見つけてしまった。
「これはなんだ?」と問いただすことはせず
態度も一切変えず(もともと束縛されていたので更に厳しく、も不可能だったのでは?)

好きにしろ!(無関心・放置)でもなく

水面下でずーっと私を探っていた
いや
探っている、現在進行形だ。

この「不気味さ」に心が凍り付いた夜でした。

せっかくゲットした元夫とKのツーショット写真の存在も
ひとまず頭の中からぶっ飛んでしまうほど

元夫のことがますます分からなくなりました。
「怖い」
と思いました。

膨大なフォルダ、ファイルを
ひとまずななめ読み、というかざーっと見回りパトロールする中で

「ん?」と思ったフォルダがふたつ。

一つのフォルダの名前は「K」(相手女性のイニシャルです)
もう一つのフォルダの名前は「R」(私のイニシャルです)

まず…「K」の方を開きました。

こんなに簡単にたどり着けていいの?(笑)
実際、数分、くらいで見つけちゃったことに拍子抜け、でした。

そこには写真がありました。

彼女と元夫が一緒に写っている写真。
旅先の観光地でのツーショットや
バーのカウンターで並んで座っているもの
彼女が送ってきたであろう自撮りのワンショットなど

その時の感情は
「やっぱり!」というショックというよりは
「はい!いただきました!」
という気持ちの方が勝っていたと思います。

それとは別に
「こんないい店に行きやがって」
「こんなところにも行きやがって」
「こんないい顔で笑いやがって」
というムカつきも、ありました。

とりあえず、その写真をすべて、私のPCにコピーしました。

さてもう一つの「R」も気になるわね…
と開いたとき

私の動悸が激しくなり、とても平常心ではいられなくなりました。
そのフォルダの中には写真が入っていました。

私の(私専用の)パソコンの画面(メールのやり取り)を撮影したもの
私の手帳のスケジュールの書き込みを撮影したもの
私の卓上カレンダーの予定の書き込みを撮影したもの
職場での仕事のスケジュール表を撮影したもの
私宛の年賀状の束の中から差出人が男性のもを撮影したもの
年賀状ソフトの私のアドレス帳を撮影したもの

いずれも
意図して探し出し、私が居ないところで(居ない瞬間を狙って)
撮影したもの、と思われました。
(手帳なんてバッグの中に入れていましたから、多分私がお風呂に入っているときなどに探っていたのでしょう)


私がプライドを捨て、重い腰を上げ
「探偵もどき」の行動を取った
それより一年も前から

元夫は

わたしのことを
コソコソ
探っていた………。

まずは

「よくもまぁこのワタクシを欺いてくれたわね」という
私の怒りのスイッチはココ、でした。
(あー私も大概鼻持ちならないオンナなのですよ)

10歳も年上で
結婚するときは
(部下に手を出した、と)取締役に大激怒され
結婚させてくださいと会社で土下座までしたと、
社内では今でも伝説になっているらしい
私と元夫との結婚

更に「今でも会社の七不思議のひとつ。
あんなに愛想のいい若い〇〇ちゃん(ワタシノコトデスヨ)と、
あの××さんがどうして結婚したんだろう?ってみんな言ってる」そうで
(これは、近所のママ友の旦那さんが偶然元夫の会社に出入りしてて聞いてきて教えてくれました)

わたしは「愛されている妻」でなければならなかった、のです。

仕方ない、これだけ愛されているのだから
私は彼のことを、もう好きではなくても

これだけ愛されているのだから
束縛されても、自由がなくても、我慢しなければならない、と自分を納得させていたのです。

同居もしてもらってる、し。

事実、元夫は誕生日、結婚記念日、クリスマス、と
イベントにはプレゼントと
花束(独身時代私が好きだった花を毎年ずーっと)
を欠かさず贈ってくれていました。

ただ、毎回感じていたのは
とにかく「私の好きなブランド」のものであれば
それが私の好みか好みじゃないか、とか
使うか使わないか、とか
考えてないな、というチョイスでした。

そして使っていないと「せっかくプレゼントしたのに気に入らなかったのか」と
不機嫌になるのです。

これに関しても文句を言ったことはありませんでした。

それが、彼の愛情表現、なのだから
嬉しくなくても有り難く受け取らなければならない、と思っていました。
前もって欲しいものを聞いてほしいなぁとか
一緒にプレゼント選びに行きたいなぁとか
そういうの、強要するものでもないし…
と26年間。

一度だけ
冗談ぽく「新しく発売されるマクロレンズが欲しい」(一眼レフカメラの)
って言ったら買ってくれて
「自分が本当に欲しかったもの」をプレゼントしてもらえる喜びを経験しました。

とにかく
束縛して
行動をいちいち詮索され
自分がこれと思うものを「満足だろう」と与え続けてくれる
(プレゼントは多かったです)
それほど行きたいわけでもない旅行を計画され
「せっかく連れてきてやったのに」とキレられる

それが元夫の愛だ、と思っていました。
いえ、多分愛されていたんだろう、とは思います。
(彼の価値観・ものさしで)

それだけ私に「執着」しているくせに
私が話したことは右から左に抜け
「言ったよね?」「この前話したけど?」と何百回言ったことでしょう
(聞いてない、ほんとに聞いていなくて、
私の友達の名前も関係性もほとんど頭に入っていませんでした。
毎回話を出すと「それ誰だっけ?」と聞き返される情けなさ…)
私が髪を40㎝切っても気づかない
(そのくせ、自分がヘアカットして帰ったのに私が気づかない、と言って不機嫌になる)

わたしは
彼にとっての「所有物・ペット」なのだろうなぁと思って暮らしていました。

たちが悪いのは
彼には悪気がない、ということです。
その「愛され方」は私には苦痛でしかない、ということを伝えられないまま
結婚生活は26年、経っていました。

さて。
何から手をつけてよいのやら…

冒頭にはっきり申し上げたように
大概鼻持ちならない、プライドの高い私としては
「こそこそ嗅ぎまわる自分」というのが
どうしてもプライドが許さず、
まず1カ月はなーんにもしなかった、というのがあります。

元夫のスマホを覗くとか
彼のカバンをあさるとか

そんなドラマの中のヒステリックな妻、のような自分を
どうしても受け入れられませんでした。

でも、このままでは埒が明かない
動かなければ
今後ずっと
私は「サレ妻」に甘んじることになるではないか。

スマホも財布も、せいぜい元夫がお風呂に入っているか
寝ている間、心臓バクバクさせながら「盗み見る」ぐらいしかできないでしょう

あー
わたしそういうのちょっと無理

そこで目を付けたのは
元夫のカバン、でした。
週末、スーパー銭湯に行く間の少しまとまった時間
通勤に使っているカバン(サコッシュ)の中を探ってみよう、と思いついたのです。

今まで、一度も元夫の持ち物
スマホも財布もカバンも、一切覗き見したことはありませんでした。

彼に興味がなかった、というのもありますが
そういうものの中に幸せはない、と言われている通り
(今調べたら島田紳助が言ったのかな?携帯しかり、SNSしかり
「その中にあなたの幸せはつまっていない!」だそうです)
なぜ、不愉快な事実をわざわざ探るんだい?という感覚でした。

過去
友達にそういう内容の相談されたときも
(別れる気がないのなら)
「どうして見るの?」「ごそごそ嗅ぎまわるの止めておいたら?」と
言っていました。

そういう行為は「惨め」だ、と思っていました。

私を躊躇させていたのは、それだけ、でした。


しかしながら
敵を成敗するためには
(ただ、浮気したのね!!きーーーーーー!って叫ぶためではなく)
ある程度の情報を手にしなければならない、と
腹を括ったのです。

ええ
その中にある「不幸」を探そうと決めたのです。
多ければ多いほどいい「証拠」という名の「不幸」を。

忘れもしません。
2019年7月7日。
激しい雨が降っている七夕の夜でした。

私は夫のカバンを探りました。
はなから「コレ」という何かを期待していたわけではありませんでしたが
仕事用のUSBメモリがいくつか入っていました。

ざーざーざーと
激しい雨音を聞きながら
いくつかのUSBメモリをパソコンに差しては抜き差しては抜き
膨大なフォルダの中を見渡していくと

気になるフォルダ名が目に留まりました

ブログを始めようと思い立って

今、1年半前?
2019年6月ごろからの
離婚に向けて動き出した自分自身を振り返っています。

もともと文章を書くことは好きだったので
頭の中を整理しながら

その時の自分の心境を冷静に分析しながら
なるべく細かく忠実に書いてたら

やっぱ
ちょっとしんどいかな

ってか
ムカ(-_-メ)ムカ(; ・`д・´)ムカ(-_-メ)
モヤ(-_-メ)モヤ(-"-)モヤ(-_-メ)モヤ(-"-)

…当時のどよよーんとした気持ちに押しつぶされそうになってきたので

ちょっと休憩。


配偶者の不貞を知ったとき(疑いを持ったとき)
ある意味「これで離婚できる」
「離婚しないにしても、これからの夫婦関係で主導権を握れる」


と、なんとなく明るい気持ちになったことを覚えています。

その後
裏切られていたことへの「怒り」「憎しみ」
女性としてのプライドは地に落ち
何が悪かったのかと自問自答する「苦しみ」

結婚そのもの、26年間を全否定されたような
「私の人生を返してくれ」という気持ち
元夫の全く別の顔を知った「恐ろしさ」

色んな感情に覆われるようになるのは、もう少し後のことです。



コメントでも書いていただきましたが
「離婚したいという感情の方が勝っていたからよかったなぁと思う。 」
(茜さん、ありがとうございます)

本当に、これは何度も思いました。
元夫に対してすっかり「好き」という気持ちが無くなり
些細な衝突の積み重ねで気持ちは離れ
正直に言うと「嫌いだ」とすら思っていましたので

「愛する人に裏切られた」
「大好きだったのに」
「ほかの女性と…!許さない!」

というような「嫉妬」の感情に苦しめられることはほとんどなかったと、思います。
(それでもおもしろくない、という気持ちはありましたが)

これが
旦那さんのことが大好きな奥さんだったら
到底耐えられる苦しみではないと思います。
泣きわめくだろうし
どうしてどうしてと責めるだろうし
心が壊れても、おかしくないと思いました。何度も。
不倫は、心を殺す、と思いました。

実は一カ月ほどは、
私自身も
「うーん、どうしよっかなぁ」くらいに考えていて
少し憂鬱だけど、でもとっておきのカードを手に入れて
イマイチまだ現実味がなくて

(今から思うと自分でも不思議なのですが)
特に何も、動かなかったのです。

時系列を整理しますね。

【2019年6月上旬】
ふとしたきっかけで元夫の不倫とそのお相手が
(多分)分かってしまった。

約一カ月間ふぅん、と思いながら静観していた。

【2019年7月上旬】
突然元夫が隣県(彼女が住んでいる県)に出張に行く、と言う。
仕事は明日だが、昔の知り合いが飲もうというので前乗りで一泊する、と告げられる。

その時に
「あ、そういえば、随分前から出張の予定を突然告げられるようになっていたわね」と
気付きました。

そしてそのとき初めて

「夫が不倫相手に会いに行く」のを(知っていながら)見送る妻、という立場を経験しました。
「夫が不倫相手と過ごしている夜」を経験しました。

『不愉快』でした。

更にその『不愉快』にはオプションがあって…

実は元夫は
かなり、束縛の強い男性でした。
束縛、というのか
10歳の年の差があるから心配、なのか
私が
元夫と正反対で社交的で友達が多かったり愛想がよかったりするから心配なのか

私が友達と出かけたり、電話で長話したりすることすら、いい顔をしませんでした。
飲み会に出かけることも
土日、元夫が家に居るときに友達とランチに出かけることも
不機嫌になりました。
「俺と居るときより楽しそうなのは気に入らない」と言われたこともあります。

そして

自分が出張のときは必ず、夜電話をかけてくる、というのは
新婚のころから一度も欠かすことのない習慣でした。
連泊でも毎晩、電話してきますし
海外出張の時も、時差を計算してかけてきていました。

近年はわたしも心得たもので、元夫の出張中を選んで
友達と晩御飯を食べに行ったりもしていました。
(出張の予定を直前じゃないと言わなくなったのは、これをさせないためだと思っていました)
飲み会の途中で電話がかかってきたときは
トイレに入ってから受話器を取る、というようなこともしていました。
(店内の喧騒が聞こえないように)

じゃないと不機嫌になるから。

逆に私が県外に進学した息子のところに泊まりに行っても
夜、電話を入れなかったら
「生きていたんですか」(厭味ったらしい丁寧語で)と言われたこともあります。

話が長くなりましたね


その元夫、不倫なう、のその夜にもいつものように
電話をかけてきました。
(考えてみれば、もうすでに私は何度もそんな屈辱的なシチュエーションで
電話を受けさせられていたのですが)


さすがに
「電話の向こうに女性がいる」と思うとその電話に出る気になれませんでした。
長い間コールしていましたが
初めて、出ませんでした。

それまでも、お風呂に入っていた、トイレに入っていた、という事情で出られなかったときは
すかさず折り返しをしていました。
ちゃんと理由を説明し、なるべく速攻で。

もちろん、その夜は、折り返しもしませんでした。
さすがに
元夫をもはや愛していない私でしたが、
メンタルは、そこまで強くは出来ていないようでした。
しみじみ「病むわぁ」と思いました。

すると次の日の朝、「昨夜はどうして電話に出なかったのか」と
お怒りの電話がかかってきました。


本当に

ええ加減にせぇよ (-_-;)
と思いました。

こんな人を馬鹿にしてることってある?
ほけーっと1カ月過ごしてきたけど
さて、
悪いことしてる人は成敗しないといけませんわね。

その夜、そしてその電話の一件を受けて
静かに私は立ち上がることにいたしました。

↑このページのトップヘ