50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

2021年08月

雨続きのお盆休みの思い出です。

悪天候続きに
お出かけの予定もあきらめ

部屋でくすぶっている私に

次男が「どこか、出かける?付き合うよ?」と声をかけてくれました。

ううううむ
息子もそれなりに楽しめて
私も楽しい場所?

…ということで
地元で一番大きいリサイクルショップに付き合ってもらいました。

元夫が置いて行った荷物を息子が売りに行ってくれてから
密かにハマっているリサイクルショップですが
近所の一店舗しか行ったことがありません。

時々覗くようになったそのお店では
未使用のキッチン用品やインテリア用品、ポーチなどを買ったことがあります。

息子に連れて行ってもらったお店は
若い世代向けのようで
フィギュアやトレーディングカード、ブランド品や
ゲームなどが幅広く販売されていました。

そしてなかなかよいお値段がする…
私の嗅覚では「このお店には『主婦的に』お買い得感のある掘り出し物はなさそうだわ」
という感じでしたが

次男が色々案内してくれるので小一時間一緒に店内を回りました。

ブランド品のコーナーでは
「今の若い男の子の持つブランドってどんなの?」と聞いたり
「父さんに買ってもらったこのお財布、こんなに高いのね」とか
いろんな会話をしました。

元夫はブランドがとても好きな人で
身分不相応なハイブランドを持ちたがり
私にも持つことを勧めました。

私もバブルの時期はそれこそブランド品も好きでしたが
やはり家計を預かるようになってからは
「…でも、高い」と手を出さなくなっていました。

なので久々の目の保養を楽しみました。

結局、買ったのはミッフィーのエコバッグ¥220

S__85934082


私の中では「掘り出し物」だと自負しています。

エコバッグって
いただいたり
自分で買ったり、
もう売るくらいいっぱい持ってるのですが
(そしてどれだけたくさん持っていても、使うのは気に入ってる1種類だけ、みたいな)
次男との夏の思い出として
愛用したいと思います。

前回からの続き

あるエピソード…ですが

どうしても見つからないものがあって
家中のいろんなところをひっくり返して探しているとき

婚姻中、元夫から贈られたプレゼントに添えられていた
メッセージカードの束を見つけました。

毎回添えられていた訳ではないと記憶しています。
花束に添えられていたものや
ショップの方がくださったと思われるブランドのロゴが入ったものなどがありました。

S__85336067


そして日付が入っていないので
それぞれいつのものかも分からないのですが

改めて目を通してみると
かなりの頻度で
「お誕生日おめでとう」や「Merry Christmas!」のあとに

「いつまでも『キュート』で『可愛い』茉莉花でいてください」

この
『キュート』で『可愛い』の使用頻度がすごい!
あとは『元気で』『明るい』なども多かったです。

元夫からは
10歳年下の妻(私)は
『キュート』(あんまり使わない気がするけど)で『可愛く』思えていたのでしょうね


一番響いた?のは

あるカードを開いたとき。
その年のカードにはメッセージがぎっしりと書かれており
その中に
『愛しています』

そして最後に
『愛してください』と書いてありました。

いつ頃もらったものかは分からないのですが
彼は、いつからか私が彼を愛していない
(何なら嫌っている)ということを感じていて

でも「愛されたい」と思っていたのでしょうか

最後は元夫の不貞を切り札に
「私が裏切られて」婚姻生活は終わりましたが

もともと「離婚できるならしたい」くらい元夫との生活は苦痛でしたし
早い時期から元夫への「愛情」というものは失くしていたことは自覚しています。

だから
「愛してください」
の文字にはすこし、
元夫のことを不憫に思いました。

私に愛されていない、と思いながら
「愛してほしい」と思いながら
相手女性からのアプローチを受けて
ふらふらと道を逸れてしまった結果、
私にコテンパンにやっつけられて

さみしい今日を迎えている彼を
少し哀れだ、と思ってしまいました。




そう考えたら

私は自分から先に心を離しておいて
元夫の不貞を盾に念願かなって離婚できたのに

いつまでもめそめそしたり
恨んだり憎んだりしているのはどうなのかしら、と思えてきたのも事実です。




ちなみに
不貞に気付いた後の最後の結婚記念日のカードには

「いつもありがとう。これからもよろしく」と書いてあり

私の頭の中で

「いつも『まんまと騙されてくれて』ありがとう」
「これからも『家事一切、メンドクサイことはお前がしてね』よろしく」

と勝手に変換され
怒りに打ち震えた、という思い出だけが鮮明に記憶に残っています。

いつも読んでいる読売新聞の投稿サイト「発言小町」に
こんなトピックがありました。



私はこの方ほど酷い結婚生活ではなかったと思うけど
いまだに「裏切られた」という事実と
「結果、離婚した」という事実に打ちのめされた状態なのは似ています。

「許す」という発想はないけれど
「忘れたい」「なんなら「無関心」になりたい」と
ずっと思っています。

ずっと思っている、ということが
「拘っている」ということだと

ふとした時に思い出して憎々しくおもってしまったり
当時の思い出(苦しかったこと)を話してしまったり
SNSをチェックしてしまったり

憎んだり、恨んだり、
そんな自分のことが嫌になるのです。

だからこそ「夢中になれるものがないかな」と常に思っていたり
持て余した時間を「充実させなければ」と焦ったり

そんな自分が嫌だなぁと思ってるところに

「止まった時をすすめる」神社があると知り
お詣りに行ってきました。

D565B148-CBEC-4ACE-ABCD-1375676F949F


結果としては
「行ってよかった」

気の持ちようだとは思うのですが
気持ちの切り替えはできたように思います。
自分でも不思議です。

それには
後日小さなエピソードが後押ししてくれた、という側面もある気がしています。

そのエピソードのお話は
次回。

↑このページのトップヘ