50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

2022年07月

誰にも言っていないことがあります。

…って思わせぶりな(笑)

離婚に向けて準備をしている頃から
わたし、誰にも内緒で喫煙をしていました。

喫煙のきっかけになったその日は、
どうしてもどうしてもイライラが収まらず

(理由はというと、職場でメンタルヘルス講習というものを受講し
その中の「最近感じた幸せなことを箇条書きにせよ」というグループワークで
偶然ペアを組んだ私の苦手な同僚のおばさまに
「最近いいことないの?」「どうして?」
「そんなことないでしょう?」などとしつこく突っ込まれて
近々離婚を突きつけるつもりで弁護士事務所に通ってるんです、とも言えず
もやもやが膨れていました)

仕事帰りにコンビニでタバコを買い
店先にある喫煙所(ま、灰皿があるだけですが)で立ったまま喫煙しました。

実はタバコを吸ったのはその時が生まれて初めてではなくて

私が大学時代を過ごしたバブルのころは
真っ赤なマニキュア&口紅でタバコを燻らせる女性が多かったこともあり
私も、口にしたことがありました。
きっかけは「失恋」でした。

日常生活の中では、とりあえずは元気に
普通に過ごしていましたが、内面の私は
やけくそ、というか、

…やさぐれていました。
自分を痛めつけたい、という気持ちがきっかけだったように思います。

タバコを美味しいと思ったことはないけど
それなりに習慣になり
時間潰しや気持ちの切り替えのツールになったり
当時は「ファッション」にもなり
2年ほどは続いていたと思います。

就職を期に実家に戻り、大して苦労もせず止めてしまったので
そもそもタバコを美味しいとは思っていなかったことは確かです。

今回も
そんな「やさぐれ」の中で復活した私の喫煙。
換気扇の下で
コンビニの喫煙所で

離婚し、次男が就職のため家を離れてからも
(階下の両親の目も気になるので)
換気扇の下とコンビニ喫煙所は変わらず。
(コンビニは地元、近所は避ける)

誰にも内緒なので、喫煙後の臭いにも気を遣い
手を洗い歯を磨き
ハンドクリーム、ブレスケア手放さず
美味しいとも思わないけど止められない…

煙を燻らせているその間は
何も考えていなかったり
仕事のことを考えたり
その時気になっていることを考えたり

でも
結構元夫のことを忌々しく思い出すことも多かったように思います。
気持ちがやさぐれてると
タバコを口にしているその瞬間、
私の中のブラックな気持ちやマイナスの感情が
(まるでドラマの中のヤンキーがいきがっているときのように)
前面に出てきているような
そんな時間でした。

元夫がきっかけで吸い始めたタバコ
吸うときに襲われるマイナスな感情
美味しいと思うわけでもない
煙臭さも嫌い
でも無くなるとつい買ってしまう
何もいいことは無いよな…
これが原因で肺がんにでもなったら
本当にバカバカしいな…なんて思いながらも
2年半、ずっと止められませんでした。

多分…ですが
これは推測ですが
次男は私の喫煙に何となく気付いていたように思います。

友達の脳梗塞の知らせを聞いたのは
私の誕生日の数日前のことでした。
その時開けていた箱の最後の1本を誕生日の朝吸って

あれほど止められなかったタバコを
止めました。

それからは吸っていません。
ふと、手持ち無沙汰な時
口さみしいとき
「手元にタバコがあったら…(喫いたい)」と思うときはありますが
「だから買いに走ろう」とまではならなくて
3カ月が過ぎました。

「ずっと吸わないこと」=「禁煙」だと思うので
まだ3カ月、
なので胸を張るわけにいきませんが

良く言われる
「吸えないストレスのほうが身体に悪いわ~」とか
「好きなことを我慢してまで長生きしたくないわ~」
という感情にはならないので
やはりそれほど依存していたわけでも好きだったわけでもないのではと思っています。

必要だったのは「きっかけ」だったのだと思います。

私の不毛な喫煙を止めるきっかけをくれた友人に感謝しています。
彼女の回復と再会の連絡を
焦らず、待っています。

写真は、今は役目の無い
コンビニでその都度買い求めてたライターたち

喫煙は「かりそめの」という感覚だったので
ライターを持ち歩くという習慣が無く
タバコを買い求めるときに一緒にライターも購入することが多かったです。
どんだけピンクが好きなの!(笑)

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今年の4月、高校の同級生が
脳梗塞で倒れた、と連絡がありました。

大学進学から地元を離れ
数年に一度、帰省した時に会うくらいでした。
Facebookで繋がっているので
お互いの日常生活が分かり
私が美味しそうなランチをアップすれば
彼女から「今度帰省したとき、ここ、行ってみたい!連れてってね」
などとコメントが入る、というような関係が続いていました。

共通の高校時代の友人から
倒れたと連絡が入った日の数日前には
お花見にでかけた写真をたくさん投稿していたのに…。



結論から言うと

6月までの3カ月の間に2回の手術が行われ
意識は戻りました。
言葉が出にくいのと
半身が不自由なため
これからリハビリ施設に転院して
数カ月後にまた病院に戻り手術を受けるとのことです。

一時はもう目が覚めないのではと覚悟を決めていたので
きっとまた笑顔で再会できる、と
希望が持てただけでも良しとせねばなりません。

が、結構ショックでした。
同級生が突然、そのような状態になったこと

突然、というか
「手が痺れて物が掴めない」と本人が
近所のクリニックを受診したところ
すぐ大きい病院へ行ってください、と言われ
そのまま入院。
入院3日目くらいから急に
医師との会話もままならなくなった、ということで
入院していたのにみるみる意識がなくなった、という話も
ショックでした。

彼女のことを教えてくれた友達は
(妹さんと交流があったことから早い段階で知らせてくれました)

「人間、いつどうなるか分からない、と思ったら
会いたい人に会える時に会っておこうと思った」と
新幹線の距離に住んでいるにも関わらず、
私に会うためにGWにこちらまで訪ねてきてくれました。

確かにいつも
「また会おうねー!」と言い合ってはいたけど
お互い「元気で」「いつでも」「いつまでも」会える、とは
限らないんだよなぁと

だとしたら
悔いの残らない毎日を送らなければならないな、と
考えるきっかけになりました。

更に、安倍さんの事件で
「突然の死」というものについても考えました。


50代、もう若くはないのだから
もっと健康に気を遣って
自分の身体の声に耳を傾けてケアしていかなければなりませんね。


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2月に投稿した次男からのプレゼントの話で終わっていたので…。

ずいぶん前のことになってしまいますが
これも去年の暮れの話です。

長男夫婦にランチに誘われました。
食事のあと席を外している間にこんなデザートプレートが…。

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そして二人から、プレゼントを渡されました。

以前「左手の薬指の指輪」について少しお話しましたが



その話を二人とも覚えていてくれたようで
どうやらお嫁ちゃんがお尻を叩いてくれたらしく
私に「新しい結婚指輪」をプレゼントしてくれました。

お嫁ちゃんが言うには
「安物はダメ!ちゃんとしたプラチナの指輪じゃないと」
ということで
地元では有名なジュエリーショップで
(長男夫婦の結婚指輪もここで購入)
本当の(というか『結婚指輪』として販売されている)結婚指輪の
内側に
私と、長男と、次男のイニシャルを刻んでくれていました。

「あと…日にちについては悩んだんですけど」と言って
「ママになられた日、ということで「長男」さんのお誕生日にしました」
と説明してくれました。

「お嫁ちゃんのイニシャルは?」と尋ねたら
「これは、お母さんと、長男さんと次男さんの絆、ですから」と…。

予想もしていなかったプレゼントに
思わず涙してしまいました。

指輪のサイズが分からなくて…と
長男が話してくれたところによると
さりげなく自分の結婚指輪の話をして
私のサイズを聞き出そうとしたけど
上手くいかなかった…

そこで次男に
「パリで指輪を買ったときのサイズ、分かる?」と相談して
次男も古い記憶を辿ってくれてやっとわかった、と言うことでした。

子どもたちがそうやって画策してくれたことも嬉しくて
本当に幸せだなぁと思いました。

結婚生活は悲しい終わり方をしてしまったけれど
優しい2人の息子(そしてお嫁ちゃん)を授かることが出来たことは
私の人生で本当に素晴らしい出来事だったのだと
心から有難く思いました。

自分の人生を振り返り
後悔や憎しみで固くなっていた心が
ゆっくりとほぐされていくような
そんな出来事を通して
私は本当に元気になってきています。

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安倍晋三元首相の
ご冥福を心からお祈りします。

痛かっただろうな
無念だろうな
もっと生きていたかっただろうし
もっとご活躍していただきたかったな

彼からもらった
最初で最後のプレゼント
未だ手つかずでしまったままでした。

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安倍元首相については
偉業も悪評もそれぞれあるけれど

2002年に北朝鮮の拉致被害者の帰国時に
拉致被害者や家族会の方々から大変信頼されている姿が
とても心に残っています。
当時のやり手小泉首相のパフォーマンスの陰で
被害者に常に寄り添う、穏やかな表情の安倍さんを見て
優しい人なんだろうなぁと思ったのは
20年も前のことになるのですね。

その後「在任期間最長の首相」になられて
歴代首相のなかでも印象深い人物であることは御存じの通り。

夫人も色々お騒がせの方ではあるけど
女性としてはチャーミングなところがあり
きっと安倍さんは
彼女の言動に足を引っ張られても引っ張られても
彼女のことが可愛かったのではないのかしら

そんな彼女が
こんな形で大切な配偶者を失ってしまったこと

元首相でもなく
元ファーストレディでもなく

一人の女性として
本当にお辛いだろうな、と思います。

安全だと信じていた日本という国で
こんな悲しい事件が起きるなんて。

政治とか政党とか選挙の時期だとか
そういうこととは全く関係なく

人の命がこんなにも簡単に
理不尽な理由で
終わらせられてしまったことが
ただただ悔しくて残念です。

最後に更新したのが
5か月前になるのですね。

一度、お休みすると
管理ページすら開くことが無くなり
(自分のページももちろん)


これを書きたい、あれを書きたいなんて出来事、
結構あったのに
通り過ぎると忘れていくのです…

去年の10月から
5行程度の日記を小さな日記帳に書き始めたのですが
「紙にモノを書く」ということが
どうしてもなかなか滞ることが多く
(数日まとめて書こうとすると2日前のことがもう思い出せない)

そして小さな自分の字を読み直す気にもならない(笑)

ということで
半年以上はなんとか頑張りましたが
結局、PCで備忘録代わりの日記をつけることにしました。
(Excelで簡単なフォーマットを作りました。
ちなみに離婚してから自作のExcelでつけるようになった
簡単家計簿はずっと続いています。ので
その習慣に乗っかることにしました)

いま、やっと1カ月ほどですが
なかなか、楽しく続いています。

と、話が逸れましたが(笑)

日々経験してること
日々心動かされていること
日々感じたこと


残しておくのは、
とても良いことだな、と思うのです。

離婚してからずいぶんと更新の頻度が低くなってしまいましたが
私は10年以上前からFacebookを使っています。

懐かしい友達と意外なところから繋がったり
(繋がりたくない人から友達申請が来たり
いえ、何なら元夫の不貞に気付いたきっかけが相手女性のFacebookだったり!)
楽しみ方は色々だと思いますが

最近気に入っているのは
(以前からあった機能ですが)
「Facebookの過去の思い出」が上がってくることです。
この日の1年前、5年前、7年前、10年前…
その日付で投稿した記事を全部見ることが出来ます。

一瞬、当時の空気感、気持ちに浸ることができます。
(写真と共になのでなおさら)

(SNSにアップするということは、楽しい記事がほとんどで)
時々登場する私は楽しそうに笑っています。
時には息子と
時には元夫と

こんな時もあったなぁ~
こんなこともあったなぁ~なんて…



と、
またまた話が逸れましたが(^^ゞ
5か月もお休みしておいてなんやねん!ですが
これからはのんびりペースでも
私の日常とか
思ったこととか
更新が止まってたこの数カ月にあったこととか

ちょこちょこと
更新していきたい、と思っています。

紫陽花の季節は
終わっちゃいましたが
今年は2か所、紫陽花を見におでかけしました。

わたしは
とっても
元気です。

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