50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

家族のこと

愛猫が
亡くなりました。

動物好きの人の間では亡くなったことを
「虹の橋を渡る」という表現をします。




ずっと食欲が無く
「歯周病」
「抜歯手術後の違和感」と言われていたのに
栄養のための点滴を3日続けて打った直後
呼吸困難に陥り

胸に溜まった水を抜いた結果
(外部の検査施設に病理検査に回すけれども、多分)
「悪性のリンパ腫」です、と言われ

え、
「口が原因」じゃなかったの
「違和感」じゃなかったの
「わがままでごはん食べない」んじゃなかったの

抗がん剤を使っても…ってどういうこと
待って
待って
気持ちがついて行けない

その日からちょうど1週間後
私と次男に見守られながら静かに息をひきとりました。

亡くなった後、届いた検査結果によると
「肺がん」ということでした。

亡くなるまでの数カ月、ほとんどごはんも食べず
急変してからは明らかに呼吸が苦しそうになり
後ろ足に力が入らず歩くことも立ち上がることも出来ない

そんな彼を次男と共に1週間見守りました。
リビング入り口の廊下がお気に入りの場所で
そこから動きたくない彼のために
次男と交代で夜通し廊下に寝たり
使わなくなったiPhoneを見守りカメラにして
職場からずっと見守ったり

「そのとき」がいつ来てもおかしくないと覚悟して臨んだ1週間でした。
本当に
本当に苦しそうだったら、
ゆっくりと眠りにつけるよう
お願いすることも考えていましたが

自宅で静かに、
お気に入りの場所で
私たちの手の中で旅立って行きました。

14歳と半年、
まだもう少し長生きできると思っていました。

もっと優しくできなかったか
「食べないのは『違和感』というわがまま」だと思っていたので
なんどか厳しく叱責もしました。
歯だけが原因じゃなかったのに
慣れない病院に何度も連れて行って
(抜歯手術までさせて)
怖い思いをたくさんさせてしまったという後悔

我が家のペットになったのは幸せだったんだろうかと
毎日泣いて暮らしています。

私自身これほどダメージを受けると思っていなかったので
多分周囲も戸惑っていると思います。

息子たちに心配をかけてしまっている「から」
元気を出せと母にはお尻を叩かれ
これも苦しいです。

離婚後、元夫が我が家を出た日から一度も
元夫が居ない寂しさを感じたことはなかったのですが
今は毎日、愛猫の「気配」を感じて探してしまいます。

猫の存在に随分助けられていたのですね。
暖かい命が、そばに居てくれた
そのことがどれほど私を救ってくれていたのか
今頃になってしみじみと感じています。

澄んだ秋の空はとても高くて
そのことすらつらくて苦しいです。

亡くなる2日前の夜
私のベッドに入りに来てくれ
腕枕で朝まで一緒に過ごしたときの1枚です。

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chocoちゃん
だいすきだよ
本当にありがとう。

義兄が
亡くなりました。

コロナの陽性反応が出てから2カ月、
一度は手の施しようがない、と宣告されてから
1カ月少し、

エクモの力を借りても
肺は元通りになりませんでした。

コロナ禍での最期のお別れは
思うように傍に行くことも出来ず、
触れることも出来ず
本当に切ないものでした。

その中でも医療従事者の方々は
懸命に治療に当たってくれ
特例として最後に言葉を交わすことを叶えてくださったそうです。

頭はしっかりしている義兄は
「悔しい」と
そして何度も
「ごめんね」と言い
「大好きだからね」という姉と甥たちの言葉に
にっこり笑って眠りについたそうです。

私は会うことは叶いませんでしたが
その時間

空に向かってシャボン玉を吹きました。
空に昇っていく義兄に見えるといいな、と思いながら
義兄に声をかけながら
空を見上げて吹きました。

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コロナは
残酷だとしみじみ思います。

職場では義兄や姉の罹患については話していないので
雑談の中で、「実感がない」とか「他人事のような」
「夜の街にいかなければ大丈夫なんでしょ」的な話を聞くたびに
心が痛くなります。

直前まで元気で精力的に仕事をしていた義兄
お客様ファーストで、顧客から絶大の信頼を得ていた義兄
自ら興した会社をどんどん大きくして
仕事が大好きだった義兄

私が離婚した際には弁護士さんを紹介してくれ
シングルになった私の生活を心配してくれた義兄

元夫の代わりに
長男や次男の父親代わりくらいの勢いで二人に声をかけてくれていた義兄

あっという間に
コロナに奪われてしまいました。

ほとんど鎮静剤で眠らされて
最期はモルヒネで眠らされて
2カ月の闘病生活は義兄にとって苦しいものだったかもしれませんが

それでも
緩やかに
姉や甥に覚悟を決めさせる時間を必死に作っていてくれたのかもしれません。


コロナが憎い
本当に
本当に
憎い

悔しいです。

2020年3月。

年度末、です。

次男の大学卒業、
就職のための上京という一大イベントがありました。

一人暮らしの部屋については
路線とめぼしい駅までは
ネットや知り合いからの情報を踏まえ
ある程度絞り込んでアドバイスをしましたが

最終的には本人が
友達と一緒に何軒か内覧し、
ヨーロッパへの卒業旅行に旅立つ前の
2月初旬
決めてきました。

あとは不動産屋さんとのやりとりや
家具家電の購入、搬入、
ネット工事の手配などなど

年度末になってからの移動や搬送は
運送業者が繁忙期になるため大変だと分かっていたので

3月の中旬に一旦すべての荷物を運びこみ
ネット工事や、区役所への転出転入手続きなどを済ませる、という
段取りで動くことにしました。
(次男は卒業式の予定もありましたし、新居が整ってからも
本人の希望で年度末ギリギリまで地元に居ました)

そのための手配(飛行機やホテル、荷物の搬入の手配)が終わったころから
世の中はコロナコロナで騒がしくなり
(飛行機も間引き運航になり、予約していた便が欠航になりました)

こんな状況下で地方から首都圏へ出ていくこと
全く土地勘のないところへの引越しなど
不安要素はいっぱいでした。

二人で地元を発ち、分刻みのスケジュールで動いた日は
(ガスの開栓に立ち会ったり、届く荷物を受け取らなければならないので)

その冬、関東圏では初雪が記録されました。

寒い上に、降りしきる雪
慣れない土地を歩き回る(田舎者の)二人…(わたしと次男)

こんなとき
「父親」が居たら…と
思いました。

力仕事でも、折衝ごとも、
例えばレンタカーを借りて都会の道を買い出しに走ることも
男親なら(少なくとも元夫なら)すべてやってくれただろうに、と思うと
次男が不憫でした。

上京や引越しのスケジュールは
一切報告していませんでしたが

動物的な勘でしょうか、
その夜元夫からLINEがありました。

「〇〇(次男)のことが気になって。引越しの予定とかはどうなってる?」

多分、年度末近くになって動くと思って
前もって尋ねてきたつもりだったと思うのですが

「今、上京しています。年度末は混むので、今週末で一旦新居を整えて
〇〇も一緒に地元に帰ります。」

と返信したら

「何もできなくて申し訳ない。なにか手伝えることがあったら言ってください」と
返信がありました。


朝から地元の空港を出発し
土砂降りの雨&雪に濡れ、
寒さに震えながら家具家電を組み立て
慣れない町で店を捜し歩いた一日が
頭の中を駆け巡り

『ほんと、何の役にも立たない父親だわ!』と瞬間キレた私は

LINEの返信に

「空港も、東京の街も、あなたと〇〇〇〇子が(呼び捨てフルネーム)
楽しく過ごしたところだと思うと、反吐が出そうで苦しいです。
この感情を何とかしてください」

と打ちました。

何か手伝えること、と言ったら
この感情を何とかすることだろう!それぐらいしかアンタは出来ないじゃないか!
まぁそれも無理なことだけど、ね

という気持ちでした。

LINEは残るので極力感情的な文章は送らない、と決めていたので

後にも先にも
文字で元夫を攻撃したのはその時だけです。
後悔はしていません。
「言ってやったわー!」という気持ちでした。

(後で仲良しの同僚さんにその話を聞かせたら
「途中まで…「…ってLINEを送ってやろうかしら、と思ったわ」ってオチだと思ってたけど
本当に送ったの???茉莉花さんにしては珍しいー!」と言われました)

元夫からは
お詫びのメッセージが届きましたが
数日未読スルーにしてやりました。
(数日後に元夫からの新しいメッセージが届いたため、開きましたが)

昨日

2021年1月30日に
長男が入籍しました。



両親の不倫離婚を目の当たりにし
リアルタイムで
その事情もすべてご存じのお嬢さん(と、そのご両親)

片親だからと
卑屈に感じてしまうところがある私を

さりげなく気遣ってくださっているのを感じます。

有難いことです。


結婚のすばらしさを語れるような立場ではない
うまく行く秘訣、をささやいてやれるような立場でもない
そんな自分が申し訳なくて

笑顔の二人に
「幸せになってね」と言うことしかできないけれど

相手のお嬢さんが(昨日からはもう「お嫁ちゃん」ですね)

「〇〇さん(長男)を産んでくださってありがとうございます」
と言ってくださったときに
涙腺が崩壊しました。

しばらくは
赴任先の長男
地元のお嫁ちゃん(実家暮らし)
「別居婚」が続きます。

コロナの今後の状況を探りながら
挙式披露宴も考えなければなりません。

まだまだスタート地点に立っただけの二人ですが
幸せになってもらいたいと
心から思います。


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写真はネットで見て一目ぼれして
郵送で授与していただいた
「乃木神社のよりそひ守」

二人に贈りました。

お嫁ちゃんは雑誌で見たことがあったらしく
「欲しかったけれど地元の神社には無いので諦めていた」と
とても喜んでくれました。

一昨年、私は家族を一人失くしたけれど
新しい、そして大切な家族が一人、増えました。

幸せな一日のご報告です。

今日、仕事中にふと、気づきました。

今日は両親の結婚記念日。
数えてみると55回目の結婚記念日。

「エメラルド婚式」
なのだそうです。

すごいなー
半世紀以上もずっと連れ添っているなんて。

母はいつも私に
父に対しての愚痴をこぼしていますが

でも
両親を見ていると
些細なことも会話して
コミュニケーションが取れているなぁと思うのです。


もし、
万が一、
絶対ないけど

明日、私が再婚したとして、
「エメラルド婚式」はもう達成できないなぁ~
(寿命的に)
なんて考えながら

「歴史」ってすごい。
過ごした「時間」ってやっぱりすごいな、なんて
両親をリスペクトして

仕事帰りに
二人に花束を買って帰りました。


そうしたら
なんとまぁ!

当人たちは
まったく忘れていました(笑)

この貫禄が素晴らしいな、と思いました。

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