50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

勝負の一日

一夜明けた日曜日。

とにかく
暴れられることもなく
不倫を全面否定されることもなく

とりあえず形勢としては
 
私>元夫

という形で迎えた日曜日。

「不貞を認めた」ということは
(音声にも残っているし)

「離婚は、できる」
「ハズだ」
「出るとこ出ても」
「きっと」

そう思うと気分は明るかったです。



抵抗したものの
私の言い分通り家を出たことからも
夫は腰が引けてる、
多分大丈夫だ、
あとは、いつ判を押してくれるかだけだ、
いつでも、かかってこーい!

ただ…時間を置くことで、夫が誰かに相談して
反撃してきたりしないか
やっぱり判を押さない、と言い出すのではないか
と不安にもなりました。

(揉めたときはA弁護士に正式に「依頼」することになっていました)

そんな気持ちで迎えた朝、
あれは9時ごろだったでしょうか、
元夫から電話がありました。

「ごめん、昨日思いつくものは持って出たつもりなんだけど
忘れたものがやっぱりあって、取りに行きたいんだけど、行ってもいいだろうか」

俺様気質の元夫らしからぬ話しぶりでした。

週末はいつも12時前まで寝ている元夫にしては
早い始動だな、と思いました。
長男もまだ居てくれましたし
階下に両親も揃っていたので、
「どうぞ」と応じました。

さすがにインターフォンを押すということはしませんでしたが
玄関のドアを開けて入ってはきましたが

靴を脱いで上がる、ということはせず
母が玄関まで出て行って「どうぞ」と許可をするまでは上がらなかったそうです。
(帰りも「お邪魔しました」と言って出て行ったそうです。)

なかなか、わきまえているではないか、と思いました。


追加で持ち出す荷物をまとめて出て行くときに

改めて「何度言っても仕方ないが、謝らせてほしい」と言って

「悲しませて、辛い想いをさせて申し訳なかった」と頭を下げました。

(ちゃんと詫びられたのは実は初めてで、
やりとりのなかで何度も申し訳なかったとは言われましたが
頭を下げたのは、昨日は両親の前に立ったときだけでした)

そして

やり直せないか、ということと
給料はどうなるか、
部屋を借りるお金は出してもらえるか、と聞かれました。


前日の話し合いの中で

自分の口座に動かした退職金の一部の数百万円は
不倫豪遊に使うためではなかった、
一切手を付けていない、と時には声を荒げて言っていたので

最低でもあなた専用の口座に〇百万円はあるでしょう
そのお金で何とかしてください、
と言ったら言葉に詰まっていました。

無精ひげを蓄えて、一晩で随分やつれた姿になっていました。
多分、眠れてないのだろうな、と思いました。

あまり、やりとりの内容は覚えていないのですが
(録音もしてなかったし)
長男も居たので、それほどの時間話した記憶はありません。


次のお給料日までにハンコをついてくれれば
お給料は丸々あなたのものになります、

別居、だったら婚姻費用として
私もいくらかいただけると思っているけど…

お給料の全額をあなたのものにしたいでしょう

だから早くハンコをついて
「別居」ではなく「離婚」してほしい、と言ったら
黙ってしまいました。

もうちょっと、もうちょっとと言うので

もうちょっとがいつまでなのか、
いつまでも返事がないと
わたし、会社まで(ハンコもらうために)押しかけて行かなくちゃならないから、と
(父にそう言え、と言われていたので)言っておきました。

(会社の人に修羅場を見られたくないだろうから、観念するハズ、との入れ知恵です)


長男には聞くなと言われていたけど

「向こうには連絡されたの?」と聞いてしまいました。

「それは…した。こういうことだから、と。
『もう会いません』と。『ごめんなさい』と言っていた」

と言うので

なんだぁ???その小学生のようなセリフは?????
と激しくムカムカムカっと来てしまい

「ごめんなさい、もう会わない、でおしまいだと思われたら困るわ
責任取る覚悟はされてるのかしら」
と言ってやりました。


多分、前日のやりとりから始まって
私がはっきりと「怒り」の感情をぶつけた初めての瞬間だったと思います。

相手女性が既婚者だということも分かったばかりだったし
「ごめんなさい、もう会いません」なんて

あたまがわるい感が満載すぎるわ、となんだか
とても軽い気がしてすごく腹が立ったのを覚えています。

前日の長男の聞き取り?で
そもそもは、相手女性が元夫に連絡を取ってきて
会いたいと言ったのが始まりのようです。

そこは何度も確認していましたし後日聞き取った経緯からも
間違いないようで
この関係は主に相手女性がイニシアティブを握っていたようでした。

私が数カ月苦しんで悩んできたことを
私の人生、私の26年間の結婚生活を最悪の形で壊しておいて
そんな小学生みたいなひとことで終わりにされるのか、と思った瞬間
体中の血が逆流するような気がしました。

今、冷静に考えて思うのは
「初めて(元夫を間に介してはいるけれど)相まみえた、と感じた」
から瞬間的に腹立たしく思ったのかもしれません。


「責任」という単語に(それも相手女性に向けて)
心底驚いたような顔で

「そんなことは…特に話してない」とのことで


おいおい慰謝料とか
向こうの家庭にバレるとか
そんなリスクについての想像力もないのかよ、と
二人のバカさ加減にあきれ果てて

「ふーん」と言っておきました。

わたしの取り付く島もない態度を見て
早々に退散した夫ですが…

*****************

午後から外出していた長男が
出先から私に電話をかけてきました。


「父さんが、賃貸マンションの契約をするにあたって
僕に保証人になってほしいと言って来た。」
「もしかしたら、こういうことになるかもな、とは思っていた。」
「僕が断ったら、父さんも困るだろうし、そこは承諾した。」
「事後報告でごめんね。母さん、嫌な気持ちがするかな?」


…………。

次男を溺愛するあまり、長男に厳しく冷たく当たっていながら

よくもまぁ、前日見事に説教された息子に頼めるものだわ、とは思いましたが
(そして、義兄に頼めよ、とももちろん思いましたが)


潔く、自分の住まいを探して
昨日の今日で早速契約しようとしている諦めの早さに

「これは、イケる!」とも思いました。

長男には
「息子にくらい優しくしてもらえないと、父さんも救われないだろうから
気持ちよく引き受けてあげてくれて、母さんからもお礼を言うわ。
ありがとう。
ただ、絶対貴方に迷惑をかけないでねとしっかり釘を刺しておきなさいよ。
母さんからも言っておくけど」
と言いました。

長男は
「そんな念押しは改めてしないけど、実際迷惑をかけられたら
その時こそ縁を切るだけの話だから。」と
冷静に言い切りました。

****************


「それにしても、なかなか早々に動いたわね。
これは、もうハンコ、押してくれるってことかしら」

また一歩、前に進める手ごたえを感じて
私の気持ちは少し明るくなりました。

「行くところがない」を連発した元夫、

駆け込む実家(もしあったとしても相手女性が住む隣県です)
も無く、
姑は新幹線で2時間ほどの義兄のところでお世話になっており、

そして
こんなとき「とりあえず泣きつく友人」が一人も居ない

友達が居ない、とは思っていましたが
このあとのやりとりの中でもしみじみ、
彼は「本当に友達が居ませんでした」

******************


何軒かのホテルに電話したあと
我が家からも会社からもほど近いビジネスホテルが取れたようで

とりあえず身の回りのものを荷造りし始めました。
仕事用の服、靴、パソコンなどの機器、思いつく限りの荷物を
(冷蔵庫のビールやお酒もちゃんと持ってた!!!)
いくつかのボストンバッグと中小のスーツケースに詰め込み

何度か車と往復したあと
(言葉通り、長男は黙々と荷物を運ぶのを手伝っていました)

両手にたくさんの荷物を抱えたまま

わたしセレクションの中ではまたまた珠玉のひとこと

「なんだか良く分からないけど…一旦、出ます」

と私に告げました。

きっとお昼ごろからの怒涛の半日、彼にとっては
「なんだか良く分からない」んだろうなぁ、と笑ってしまったのと

『一旦』もなにも、あなたはここに二度と戻ることはないのに」と
あきれながらもお腹の中で突っ込んでしまいました。

「離婚届のこと、よく考えてください。
悪いことをしたのは貴方で、離婚を拒否できる立場ではない、ということは
分かってる?それを踏まえてご検討、よろしくお願いします。」

と念を押し、見送りました。

長い、一日が終わりました。

過換気症候群とやらになったらしく
話し始めてからしばらくしてから両手の痺れがひどく
手もずっと震えていましたが

夜、食事をしたら徐々に、治まりました。
人生で、こんなになったことは初めてで、戸惑いました。

50年以上生きてきて、これほど緊張した時間を過ごしたことはなかったです。

****************

彼が荷物を運ぶのに使ったスーツケース、ですが
我が家には大中小(小はそれぞれ個人持ち)のスーツケースがあり
大中の大きめのスーツケースは次男の部屋のクローゼットにしまわれていました。

Xデーの前夜(というか日付が変わった深夜だったので当日未明になりますが)
次男と「いよいよ明日だね」という話をしたとき
次男が「本当に明日のうちに出ていってくれるだろうか」
「荷物運ぶのにスーツケース使うのかな?」なんてことをちらっと言っていたのですが

実は、話し合いを始めたときに
元夫が逆上しないかと金属バッド片手に
リビングの外で控えてくれ、
長男が戻ってきたことにより
バトンタッチしてその日は外にでかけた次男は
(というわけで、息子たちは話し始めからの元夫の白々しいすっとぼけ振りを
すべて聞いていたことになります。
長男は私たちのやりとりをほとんど全部聞いていた、と言っていました)

「持って出やすいように」
とあらかじめ、「中」のスーツケースをクローゼットから出し
次男の部屋のドアを開けたすぐのところに
「いかにも」な感じで
デーンと置いておいたそうです。

確かに、荷造りをしている元夫が次男の部屋に行ったとき
「あ、スーツケース使うつもりだな、でもあれ出すの結構大変なんだけどなぁ」と
思ったのですが

予想に反してすぐスーツケースを持って帰ってきた理由が
やっと分かりました。

次男は純粋に
「自分の部屋のクローゼットがぐちゃぐちゃだから」
という裏も表もない
単純な親切心だったようなのですが

ドアを開けた瞬間
「デーン」と置いてあったスーツケース
「さぁ、使えよ。お前、出て行くんだろう?」と背中を押すような
次男からのメッセージと受け取ったであろう元夫

そのショックはきっと計り知れないのではないでしょうか
溺愛していた次男からのメッセージは
(本人にそんな意図はないとは言え
この日のうちに出ていくことを既定路線とした対応)
かなり堪えたのではないか、とは思います。

そのことを後日
(「きっと父さん、ショックだったわよ」)言ったとき
次男は本当に「え?そうなの?」「僕、親切だったんだけどなぁ」
「まぁそりゃそうか」と苦笑いをしていました。

*****************

そう言えば
家を出る前「すべてのカギを置いて行ってください」と頼みました。
深夜に逆上して乗り込んで来られる可能性も考えました。

元夫は素直に何本かの鍵を机に置いて出ていきました。

実は我が家の玄関は暗証番号で開けるキーだったため
(番号を入れない場合は鍵穴に鍵をいれて回せば開く)
元夫が出て行ってから
急遽新しい暗証番号を決める家族会議が開かれました。

年寄り二人が覚えられて
元夫が推測しにくい番号…(親族の誕生日とか電話番号とかは無し)

防犯カメラの映像も
それぞれのスマホからライブで見られるようになっていたので
その暗証番号も変えることになり
にわかにバタバタした夜でした。

元夫が出て行ったその夜、

父と母は
眠れなかったようです。
「なんだか追い出したみたいで後味が悪いな」とポツリと父が言った、と聞きました。

二人は寝返りばかりうち、長い夜だったと言っていましたが


当の私は、多分数カ月ぶりに
「熟睡」できた夜でした。

元夫と長男を二人きりにしてから
30~40分ほどの時間が過ぎ

再びわたしと長男がチェンジし、
元夫と私のバトル(とも言えない沈黙合戦)が始まりました。


窓の外はゆっくりと夕暮れの空になってきます。


私は、焦っていました。
このまま離婚届に判を押してもらえず
堂々巡りの『沈黙大合戦』が夜通し続くのか?
もし元夫が逆切れしてそれこそ手を上げたり
刃物を振り回したりしたら、どうしよう
(夜になる、というのがとてつもない妄想を駆り立てます)

私「どうしても今日、離婚届に判を押してはくれないの?」

元夫「突然すぎて、待ってほしい」

私「待ったら、押してくれるのですか?
不貞行為をしたのは貴方、そして、サレた私が離婚を求めています。
離婚を受け入れなければならないとおもいますが、
自分が置かれている立場、というのはご理解いただけてますか?」

元夫「そんな都合のいいこと(離婚したくない)を言える立場ではない、というのは分かってる。」

私「とにかく、こういうことになったからには
今夜から同じ屋根の下で一緒には寝られないから…」

元夫「今日すぐ出ていけってことか」

私「申し訳ないけど」

元夫「行くところもないし、そんな無茶苦茶言うな。俺には実家も無いんだし」
(元夫の父はもう鬼籍に入っており、家賃が払えなくなった姑は義兄のところにお世話になっていました)

私「でも…このまま一緒に夕食を食べて『おやすみなさい』って普通に寝られる?
わたし、怖くて無理」
「とりあえずホテルを取ってもらって…」
「このまま、今日中に結論出してもらえないの?階下の両親にも入ってもらう?」

元夫「いや…。謝らないといけないし、俺が下に降りる」

***************************

というわけで
元夫と私は、階下の私の両親の居住エリア、リビングに降りました。

両親はどういう流れになっても良いように
お昼から長男と一緒にリビングで待機してくれていました。

ドアを開けて入るやいなや
元夫は(それまでの間にわたしにはしていなかった)
直立不動から90度の角度で頭を下げ
「申し訳ありませんでした」と両親に詫びました。

母はまるでドラマのセリフのように
「大変なことになったわねぇ 〇〇(元夫)くん」と言いました。

(数カ月ずっと私の苦しみに寄り添ってくれた母は
かなりの怒りを元夫に対して溜め込んでいたと思われます)

父も、(そもそもの父は大変沸点が低い、バイオレンスなタイプです)

「夫婦間のことだから、嫁いだ娘が「旦那に浮気された」と
泣きながら戻ってきたら親としては迎えてやるしかない、
親が間に入ってどうこう言う問題ではないと思っている。
ただ…うちはこうやって一緒に住んでいるからねぇ…」と

穏やかに話し始めたものの

「毎回毎回、出張も大変だなと思っていたけれど
よくもまぁオンナと会って帰って来て平気な顔で「ただいま」と言えたもんだ。
(ここら辺で急にスイッチが入ったらしく大爆発!)
お前は、〇〇子(わたし)だけじゃなく、母さんも俺も騙していたんだからな!」
(怒りのスイッチは『俺を騙してた』ってところ?ん?)

そして机をバーン!!!と叩きました。

母は

「ここ数カ月で娘がみるみる痩せていったことに、気づいてる?」
「あなたは一度でも「なにかあったのか」「体大丈夫か」と言ってやってくれた?
あなたの中にはもう〇〇子(私)が居ないでしょう。
もう解放してやってよ」

「私たち(父と母)はこれでも、すぐ機嫌が悪くなる貴方を相手に
ずーっと気を遣って暮らしてきて、しんどかったけど
悪いことした人が出ていくのは当たり前じゃない?」

と言いました。

元夫はここでも
「そもそも〇〇子(わたし)が…」を何度も言っていましたが
言い訳の結びは

「怪しいと思ったときに、すぐ追求しなかった自分がいけなかったんです。
すみませんでした」

に変わっていました。
(これは長男から滾々とされた説教からアレンジしたものと思われます。)


が、
ちょっと待てよ
「怪しい行動を取った私」と私を貶め
「追求しなかった自分が悪かった」と反省する

おかしいでしょうよ!!

「アンタが『不倫した』のが悪いんだよ!!!」

(↑ このセリフは後日、電話で元夫に言ってやりました。(電話の方が強気なわたし))

徐々にエキサイトしてきた父と母は
「今すぐサインしろ」「判をつけ」と
それこそ「吊るし上げ」のような状況になってきました。

「それは…」と何とか逃れようとする夫と
言い出したら相手の話も耳に入らない
(年齢的なこともあると思いますが)
声の大きい高齢者2人

一瞬、わたしと長男はそのカオスな空気に飲まれてしまい、
…コワイ…と思ってしまったほどです。

私も今日中に離婚届に判を押してはほしい、

ただ
この吊るし上げのような状況はヤバいのではないか、と思いました。

離婚についてネットで嫌というほど色々な事例や
相談掲示板などを調べていましたし

「強要して」サインさせたり判を押させた、ということになれば
後々こじれる原因になるかもしれません。

そして
そこはやはり、
元夫にはしっかり納得して(自分がやったことを受け止めて)
自分の意思で署名、捺印してもらいたい、という
最後の情(?)のようなものもありました。

なのでそこは私が割って入り

「ここで、今すぐ書け書け、って言わなくても
ちゃんと自分で納得して書いてくれるわ。だからこれ以上は。」

と、両親を諫め、
とりあえず2階(私たちの居住部分)に上がりましょう、と
長男も促して3人で我が家のリビングに戻りました。


「で。」

「今夜はどうされるの?」

窓の外はもう真っ暗でした。

「そんな…行くところも無いって言ってるだろう。」
「とりあえずどこか借りるって言っても今日すぐ入居できるところなんてないし」
「今日は土曜日だけど、明後日から普通に会社に行かないといけないし」

「ビジネスホテルとかは?」

「そんな…無理だ、今日の今日いますぐなんて」

そのとき静かに座っていた長男が一言

「僕、荷物運ぶの手伝わないといけないと思ったから、ここに居るんだけど」

と言いました。

その言葉で
観念したらしく
元夫はこの夜すぐ部屋が取れるホテルを探し始めました。


ここからは

元夫と長男のやり取りになります。

ボイスレコーダーを回しっぱなしにしていたため、
父親と息子、二人きりの会話は後から私一人で聞くことが出来ました。
(長男にごめんなさい、という気持ちで聞きました。泣きました)



まずは
「どういう気持ちでこういうことをしていたのかが聞きたい」
と言っていました。
「家族や家庭のことはどう考えていたのか」

くどくどと言い訳をしている元夫に対して

(ここでもそもそも私が怪しかったんだ、ということを言い続けていました。
そして時系列的には、そのことを相談しているうちに、
相手女性と親密になっていまった、と言っていました。
何度も言いますが、私がメールを見られたのは、
彼らの不倫関係が始まって一年以上経ってからのことですから
元夫は、完全に嘘を言っていました。)


「それはないと思うけど、もし怪しいメールを見たんだったら
なぜその時に母さんに聞かなかったの?俺、見てしまったんだけど、って。」
とシンプルに言い返していました。

「僕たち(自分と次男)の考えは、
母さんが許すのなら許す、母さんが許さないんだったら許せない、なんだ。
申し訳ないけど。」

「でも客観的に見ても、やっぱり僕は母さんの味方をさせてもらうよ。」
「やったことがやっぱり最低だと思うから」

「ここまで育ててくれたこと、大学まで行かせてもらったこと
本当に感謝してる。
母さんが言うほど僕や〇〇(次男)に無関心な父親ではなかったと思ってるし
僕たちのことを気にかけてくれてたと感謝もしてる。
恩もすごく感じてる、もちろん。
でも母さんの許せない気持ちもすごく、わかる。
もし、この離婚話が成立しても、父親であることには変わりはないし
縁を切ろうとも思っていないから。」

「電話で何度も母さんから相談を受けた。話も聞いたけど
途中で辛くなって「もうこれ以上聞きたくない」と母さんをの話を
拒否したこともある。
離れて暮らしている僕ですらそうなんだから、一緒に生活しながら
嘘つきの父さんを見て、すべてを一人で抱えてた母さんは
どれほど辛かったか。
ここまでのことをしてしまって、母さんがそれを願っているんだから
もう、望みをかなえてあげてほしい。
夫婦二人のことだから、僕たちが口を出すことじゃないけど…。
少なくとも、ぼくはそういう気持ちで離婚届に名前を(証人欄のことね)書いたから」

そのようなことを
冷静に
理路整然と話していました。

元夫はほとんど何も話せていなかったと思います。


そして
私がずーっと気になっていた情報を
長男はあっさりと聞きだしていました。

「ところで、その相手の人は独身なの?」

「いや、結婚してる」

「えっ?向こうも旦那さんいるの?!
………すごいな、それであんなに家を空けられるのか
よほど上手にしてたんだね」


ここで判明しました。

相手女性は既婚、でした。

A弁護士事務所で言われた
「相手が既婚であるほうが離婚しやすい」
論でいうと

私には有利な情報がひとつ、増えました。



あまりに元夫が何も言わず

ずーっと黙り込んでいるので
何度か私から促しました。

「何を考えているの?」
「なんでも思ったことを言ってよ、最後なんだから」

その合間合間で
「北海道、淡路島、東京、横浜、京都、大阪、伊勢志摩…」
「よくもまぁ、あっちこっちへと。」
「私は留守番でどこにも行ってないのに」
のようなことをぽつぽつと責めたことにより

元夫は
(最初はたった一度か二度だけのことだと誤魔化そうとしました)
「8月の大阪不倫旅行に興信所をつけられていて、全部バレているのはともかく、
何故?何年も前のことも、数々の旅行先までも知っているのか」
という不気味さには襲われていたようです。

「どうしてそんなことまで…」と小さく呟いていました。

(それもあって口数が少なくなっていたのかもしれません)



どうしてメル友を話し相手にする必要があったのか、と問われたので

「価値観が違う人(元夫)に話をして、まともに耳を傾けてもらえず
期待できるリアクションが無いばかりか
逆に凹むことになる、という現実に疲れたから」と答えました。

私は数年前からあるボランティア活動をしているのですが
元夫は全く理解が無く、どちらかと言えばボランティアのために家を空けることを
快く思っていないふしがありました。

他のボランティア仲間はみんな、ご主人に送り迎えをしてもらったり
活動する姿を見に来られていたり
(「もう恥ずかしいから来ないで、って言っても来るのよ」と言ってました)
女性も男性もメンバー全員
配偶者が理解し応援してくれている姿、というのを嫌というほど見てきました。

その話を、しました。
あなたは一度だって私の活動に興味を示してくれたことはない、
へろへろで帰宅したら帰宅時間が遅いと言って機嫌が悪い
「今日はどうだったの?」って聞いてくれたことがある?
そもそもその活動を始めるって言ったときも無関心だったでしょう。

すると元夫はすかさず反論しました。
「無関心じゃない、ちゃんと尋ねた。
『なにを好き好んで週末の休みに余計な仕事をしてしんどい思いをする必要がある?』
と尋ねた」

「そこなのよ」

私は、私がボランティア活動を始めると言ったら

「すごいなー、さすが俺の嫁さんだ。意識高いね、偉いね
どうして始めようと思ったの?俺も一緒にしようかな、したいなー
あ、今度見に行ってもいい?」

って言ってくれる人と結婚すればよかった、と思ったのよ。

でもだからと言って
あなたに向かって「すごいなーって言え」って言ったことある?
「もっと共感しろ」って言ったことある?
(「一緒にやろうよ」って言わなくなったのは、若いときには誘っていましたが
その結果いやいや一緒に行動してくれ、私の楽しい時間まで暗黒な時間にされるという
経験を何度も積み重ねてきたからです。)
せっかくやる気になってる時に「なんとまぁ物好きな。理解に苦しむ」という
反応をされたら、心が折れない?

すごいなーって言ってくれる人と話がしたい、って思ったの。
それがそんなに悪いことかな?
たとえ文字だけのメールでも
共感してくれる人とのやり取りが楽しかったの

子育てのことや、仕事のこと、
「学校に怒鳴り込んでいけ」とか「辞めてしまえ」とかじゃなく
寄り添って
「つらかったね」って共感してくれる「のっぺらぼう」でよかったの、
話し相手が欲しかったの

「価値観」や「考え方」は胸ぐら掴んで変えさせるものではないと思っていたから。
(それでも若い頃はぶつかってみたりもしましたが、もうすっかり諦めていました)


だから
結婚生活は
しんどかったよ、と言いました。

「もう、戻れないのか」と尋ねられましたが
すかさず「戻れません」と答えました。
「あなたがさっさと後戻りして不倫を止めていたら、
私が気づくことも傷つくこともなかったのに」とも言いました。

元夫は
「こんなこと言える立場じゃないことは分かっているけど
家庭を壊すつもりは全く、無かった」
「壊したくない」と言いました。

「どの口が言ってるの?」
「壊したのはそっちでしょうよ」

「急に言われても…」

「じゃあ何?急じゃなく徐々に言えばよかったの?」
「私の心の傷が何もなかったようにすっかり消えて、
新しく幸せな気持ちで夫婦生活をやり直せる、起死回生の策があるのなら
提示してください。」


「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」
「………………。」

またまた黙り込んでしまった元夫。

話し始めてから3時間が経ったとき
階段を上がってくる足音が聞こえ
リビングに長男が入ってきました。

背筋をピンと伸ばした長男は
柔らかい笑みを浮かべ
「ちょっと、長時間になってるから、一旦休憩しようか。」
と私たち二人に向かって言いました。

そして
「僕、父さんと二人で話したいから、母さん、下に降りて休んできて。」と
優しく言ってくれました。



↑このページのトップヘ