50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

日々のこと(50代シングルライフ)

父の逝去に際しては
母の希望により(というか相談もなく強引に決定されていました)
私が喪主を務めました。

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やってみてしみじみ思う
人が亡くなり、送る、というのはなんと大変なことか!
初めての経験だったのでなおさらだったのかもしれませんが
(母も葬儀を出す側は初めてでした)

危篤から死去
そこからノンストップのジェットコースターに乗せられたような3日間でした。
(連日すごい頭痛で毎日ロキソニンを飲みながら過ごしてました)

なんならその前から病院への見舞い、付き添いや
仕事の調整などなど
それなりに非日常の多忙な日々を送っていて
寝不足、体調も決して万全とは言えない状態で

いざ、亡くなった瞬間から
病院に言われるまま
葬儀会社に言われるまま
短時間で選択、決断を迫られ
見送りに係る(初めて経験することばかりの)儀式をこなす

連絡漏れがないか、準備漏れがないか
悲しむ間もなく頭はフル回転し
6桁のお金が次から次へと積み重なっていく

「地獄の沙汰も金次第」
「坊主丸儲け」
という言葉が何度か頭をよぎりましたが
(なんて不謹慎)
でも、ここでケチケチしたら父の成仏になにか影響があるかもしれぬとおもうと
そこはやはり「できることはしてあげたい」と思うのが人情だと思うのです。

祭壇の花はどれくらいにしますか
棺はどのようなものにしますか

葬儀屋さんは親切で
「こう言ってしまったらなんですけど…燃やしてしまうものですからね」と
高額な棺のページではすこしブレーキをかけるようなアドバイスもくれました。

私は喪主とは言え、母の意向が一番だと思いましたし
葬儀代の支払いは父の預金から出るのも分かっていましたので
ひとつひとつ、母の意見を聞いて進めました。

そのとき思ったのが
「…離婚しててよかったー!」
(元夫が先に亡くなる前提で)
「わたし、あの人(元夫)のためにこんなに頑張れない」
「ある程度の情や想いがないと気持ちもお金も出せない」
ということでした。
このことは何度も思いました。
それくらいハードな数日間でした。


そんな中
本当に感謝、感心したのが
父が自ら行っていた終活でした。

自分が入るお墓(墓地も墓石も)は既に用意され
開眼供養もされていました。
同じく新しいお仏壇も用意されていました。(開眼済)
菩提寺にお願いして戒名も母と二人分授けてもらっていました。

自分が入るものだから、と
自分で選んで自分で手配しもちろんすべて支払いも終わっていました。

茉莉花が困らないように、ということでした。

ひとつ、遺影だけは
あまりに早くから用意しすぎたらしく
若すぎたのと画像が荒すぎたのと
カジュアルすぎたため、近影に変えました。

自分の車も、8月に入院した時点で
11月の免許更新はしないから返納の手続きをしてほしい
車も、懇意にしてるディーラーの〇〇さんに頼んで売却してほしい
と言い、
あれほど運転に自信を持ち、ランドクルーザーを乗り回していた人が
自らあっさり「卒業」していました。
「これからは 茉莉花、乗っけてくれな」と言って。

それにしても
お父さん、本当に立派!
仏具屋さんも
「今ではこの素材のお仏壇は手に入らないですよ」と仰ってました。
(購入した仏具屋さんではなくこの度葬儀屋さんに紹介してもらった仏具屋さん)
墓石も同じく、です。
「よいものに拘る方だったんですね」と言われていました。

ちなみに
平成25年前後にすべての終活が整っていたようです。
(もちろん私が熟年離婚するなど予想もしていなかったころ)
遺言状も公正証書として遺されていました。

わが親ながら見事だ、と思いました。

唯一言うなら
本人に尋ねることが出来なかったことが
「何を着て旅立ちたいか」
「棺に入れてほしいものがあるか」

元気な時に冗談ぽくでもいいから聞いておけばよかったね、と
母と姉と話しました。

結局、父も気に入っており
母も着させたい、と言った
白大島紬を着て旅立ちました。

もし私が今尋ねられても
プチプラの洋服しか持ってないし
これといった「一張羅」(って死語?)も持ってないし
クローゼット見てみんな困るだろうなぁ…

などと考えるこの頃です。

今年で58歳。
よきものを身に着けたいものです
(仕事は私服だから、ついつい質より量と思っちゃうんだよねぇ)

そして終活についても考えるよいきっかけになりました。
(すこし、断捨離を始めました)

12月に
父を看取りました。

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昨夏9月に父が入院した記事を書きましたが



そのときは
まさかこんな日が来るとは思っていませんでした。

9月に書いた通り、
きっかけはお盆に室内で転倒したことによる
大腿骨骨折でした。
手術は成功し、リハビリも順調で
9月中旬には退院し、自宅で過ごしていました。
ゆっくりではありますが自分の足で歩き
後遺症もなく本人も機嫌よく過ごしていました。

が、1ヶ月経った10月中旬に発熱し
救急外来に連れて行ったところ
手術した患部が中で炎症を起こしていると判明。

急遽傷口を開いて患部を洗浄、再手術となりました。

患部が炎症を起こしたのは
傷口からバイキンが入って感染したのではなく
もともとの持病である腎臓疾患が原因とのことでした。

術後の経過には少し時間はかかりましたが
また再びリハビリをしながら
歩行補助具を使ってゆっくり歩けるようになっていました。

が、11月中旬から急に食べられなくなり
ガクっと弱りました。
高カロリー点滴や鼻腔栄養
あらゆる手を尽くしましたが快方に向かうことはありませんでした。

死亡診断書の直接の死因は「肺炎」となっていましたが
患部が炎症を起こしたことをきっかけに
「播種性血管内凝固」が起こったとのことでした。
高齢ということもあり、持病も抱えていたことから
致し方なかったのだ、と思っています。


亡くなる10日ほど前に
医師からは
「回復は見込めないので覚悟してください」と告げられ

看護師さんに
「会わせたい人がいるなら呼んであげてください」
と言われ
病院が厳しく決めている面会時間(1日30分間だけ)
面会人数(1日に親族2人のみ)の制限が解除されました。

「そういうことなのだな」と思いました。

ただ、こればかりは本人の体力や頑張りにもよりますから
「あと何日」と確定しているわけでもなく
ただただ
近々来るであろう「その日」に向けて
静かに覚悟を決める時間を過ごしました。

口から物が食べられなくなってからは
げっそりと痩せ
呂律が回らなくなり
話してることが徐々に聞き取りにくくなったり、
日によっては「せん妄」を発症したり、
ではありましたが
亡くなる3日前までは会話もでき、意思の疎通も出来ていました。

なんなら本人の口からは
「(お正月に一時退院させてもらえたら)みんなで焼き肉したらどうかなぁと
思ってるんだ」という言葉が亡くなる3日前に発せられていたくらいです。


だからでしょうか
(覚悟はしていたはずなのに)
急変してから亡くなるまでの2日間
そして亡くなってから葬儀告別式が終わるまでの怒涛のような3日間
ふわふわと現実味がなく
もうすぐ四十九日を迎えるというのに
いまだに病室に行けば父が入院しているような
(最後の2か月は入院していたので、同居していたとはいえ
「父のいない暮らし」には若干慣れていたところもあります)

不安定な感情の中で暮らしています。

享年90歳。
お寺さんが用意してくださったお位牌には
「天寿90歳」と書かれていました。
仏具屋さんが
「お釈迦様より長生きされたということですよ」と教えてくれました。

まさしく「天寿を全うした」のでしょう。
ただ私としては(勝手に)もう少し、
一緒に居られると思っていました。

多分父本人も、そう思っていたと思います。

ただ、私の中では
見事な旅立ちだったなぁとも思っているのです。

夏以降は入退院を繰り返しましたが
長期間に渡ったわけでもないので
家族である私たちが「介護」「看護」に疲労困憊するでもなく
入院にかかる費用に私たちが困窮することもなく

10日前くらいまでは
それほど暗い気持ちを持つでもなく
希望を思って看護できたこと
(入院は長引くかもしれないけどもう少し一緒に居られると思っていました)

そして医師から告げられてからは
緩やかに覚悟を決めることができ
それに伴う準備ができたこと
遠くに住む孫(わたしの息子たち)も
父に会うために帰って来られたこと

わたし個人としては
父と2人きりの時間を持てたときに
(もう会話は叶いませんでしたが)
感謝の想いを伝えることができたことで
(熟年離婚などして心配をかけたことは詫びました(笑))
悔いはありません。

熟年離婚で思い出しました。
父と言えば
私の結婚に際して、元夫が「結婚させてほしい」と挨拶に来たとき

「自分はきみのこと(元夫)は知らないが
娘(わたし)の選んだ人だから、許す。
娘は本当に良い子なんだ、その娘がきみと決めたのだから
きみも良い人なのだろう」と言いました。

母がその夜
「お父さんがあっさり許したのが意外だった。
いろいろ文句や難癖つけそうだと思っていたのに」と言ったら

「俺も一生茉莉花を守ってやることはできない、
いつかは誰かにバトンタッチしなければいけないと思っていた」と
答えたそうです。

そして嫁ぐ日の朝
ドラマのように「今までお世話になりました」と
三つ指をついて頭を下げた私に
照れくさそうに

「可愛がってもらえよ」と
一言だけ言ってくれたことも
忘れることが出来ません。


それなのに
それなのに
熟年離婚などして!(ノ・ω・)ノオオオォォォ-
モウシワケナイデス

でも、
私には夫はいなくても頼りになる息子が二人いるから
私のことは心配しないでね
そしてお母さんのことも、任せてね
そんなことも伝えました。

親の有難さや存在の大きさに
改めて気付かされた年の瀬でした。

夏に久々の「コンサート」にでかけて
ちょっとテンションが上がっていたころ…

仕事の取引先のおっさん(あ、おじさま)に
突然「茉莉花さんは高嶋ちさ子とか、興味ある?」
と声をかけられました。

高嶋ちさ子!
実は一度聴きに行きたいと思っていた!
彼女のMCは面白いだろうし
何より「有名どころの曲しか演らない」というのを
聞いたことがあるからです。

クラッシックに造詣が深いわけでもなく
演奏の上手い下手を聞き分けられる耳を持っているわけでもない
私のようなモノにはとても取っつきやすいと感じていたからです。

実際、一度チケットを取ろうとしたのですが
ちょうどお嫁さんの出産予定日に近かったため
(よきシュートメとして)諦めたことがあります。

………ということで
「ありますあります!」と食いついてしまった自分を責められない(笑)

そして、
そのおっさんとはほとんど私語を交わしたことも無く
突然の声かけと高嶋ちさ子というピンポイントさに
勝手に「あ、チケット余って困ったりしてるのかしらん、きゃあラッキー!」
と勘違いしてしまったのも事実です。



結局
(余ったチケットをタダで)もらえるわけではなかった。
私は誘われていたようだった
そして「快諾」してしまったようだった

ということに気づいたのは
声をかけられてから多分3分も経っていない時だった。

その3分の間に
「連絡先教えて」と言われ
「あれ?名刺お渡ししてなかったでしたっけ?」と
まじめに答えた私でしたが
なんとなく言われるままに個人の携帯番号を教えてしまいました。

そちらの会社から失礼するタイミングだったので
「じゃあこのあとワン切りするのが僕の携帯番号だからね」
「会社の他の人には言わないでね」と言われた瞬間

あーーーーーーれーーーーー?
タダでくれるんじゃないの?
オープンな話じゃないの
ヤバい
おっさんメンドクサイやつ???
えええええええ
くっそー!!!

悔しかったことがふたつ、ありました。


結構口が達者な(自負がある)ワタクシ、おっさんひとりの誘いくらい
上手くかわせなかったこと
いとも簡単に(NO警戒だったため)
携帯の番号を教えてしまったこと


いやいやおっさん、あんたの年齢で
私が射程圏内で「なんとかなる」と思ったのだとしたら
ああああ、わたしも相当軽く(甘く)見られたもんだよ!ということ


おっさんは定年後天下り再雇用組なので
推測するに私より10歳は年上な上に
誘われてからしみじみ彼を見てみると
(それまで全く意識して顔をみたこともなかった)
頭髪もかなり寂しいことになっており
「おじいちゃん」という風貌の方でした。

いえ下心が無い「おじいちゃん」なら
まぁ普通にほのぼのとしたお話なのですが
携帯番号を聞き出したくだりと口止めされたくだりが
どうも引っかかってしまいモヤモヤしました。

結局チケットは「余らせて困っているわけでもなく」
「おっさんが手配して用意してくれ」
「休日に待ち合わせして2人で行く」
ということが徐々に判明しました。

そして今さら「二人きりならお断りします」といえない空気でした。

「この番号にショートメッセージを送ってもよいか」と聞かれたので
承諾し
「電話をかけてよいか、よき時間帯はあるか」と聞かれたので
「出られるときは出ますし、出られないときは出ないだけですから」と
お答えしました。

おっさんは
どうやら(死別か離婚かわかりませんが)お独りのようで
手作り自作弁当の話などをショートメールで送ってきたりが
数回ありました。


3回に1回くらい当たり障りのない返信をし
当日までを過ごし

(仕事では月2回程度はお目にかかっていました)

「当日食事をどうしますか」
「待ち合わせをどうしますか」の問いには
「会場まで主人に送って行ってもらい、迎えにきてもらう」と答え
(こういうときに「バツイチ」をオープンにしていないのは便利)

純粋に、高嶋ちさ子のコンサートを一緒に楽しみました。

コンサート自体はめちゃくちゃ楽しかったー!!!

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聞いていた通り「誰もが知ってる曲」ばかりだし
12人のヴァイオリニストたちも芸達者で
合間のトークも面白い

綺麗なドレスに身を包んだお嬢さんたちが
華麗に踊りながら演奏するステージは華やかで
あっという間の2時間半でした。

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これは…楽しい!楽しすぎる!
次に機会があったらそのときは自分で手配して観に来よう!
と思いました。

終演後…
おっさんにお茶に(半ば強引に)誘われ
その席で
「本当に楽しかったこと」
「しかしながら『高嶋ちさ子』は本当に偶然ピンポイントだったけど
他のアーティストには興味は無く、コンサートに行く趣味も持ち合わせていないこと」
(おっさんはかなり色んなコンサートや舞台に足を運んでいるようで
そのお話も散々聞かされました)

をしっかりお伝えしてお別れしました。
(『早く帰らないと主人が待ってるので』感をしっかり出して(爆))

チケット代は「結構ですよ」と言われましたが
やはり仕事関係の方でもあるし
出してもらった挙句メンドクサイことになるのも嫌なので
固辞して
結局折衷案で端数分だけ出していただきました。
(コーヒーはごちそうしてもらいました)

私の理想のBFは
「お金を出してくれて」
「おいしいものをごちそうしてくれて」
「ほしいものを買ってくれて」

「見返りを求めない」

だったけれども
今回数時間おっさんを相手にしてみて
やっぱり、なかなか難しいな、と思いました。

幾許かの金銭を出してもらうことで
やはり弱い立場になってしまう、というか
つけこまれはしないかと
(つけこまれて嬉しい相手なら話は別)
身構えてしまう。

結局、当日の塩対応が効いたのか
その後のおっさんは
仕事で顔を合わせても以前よりすこし
他人行儀になりました。

ほっとしています(笑)

これがもう少し若く
イケメンだったら
私も舞い上がったのかもしれないけどなぁ

いやしかし
高嶋ちさ子のコンサートはおすすめですよ♪ぜひぜひ♪

この夏、すごく久しぶりに
コンサート(今はライブって言うのでしょうか)に行ってきました!

結構「その世代」って限られてくると思うのですが
「大江千里」さんです。

私は高校~大学時代
そりゃあもぉ彼の大ファンでした。

当時は
男性としてかっこいいというより
ちょっとかわいくてお洒落で中性的で
POPな男性(自分より8歳年上のお兄ちゃん的)
結構ドラマとか映画にも出ちゃったりしてたもんね
(光GENJIや松田聖子に楽曲を提供したりもしていました)

今で言うと誰みたいな感じ?…と考えてみたら
星野源さんみたいな感じ。かな(星野源さんのファンが聞いたら怒るのか?)

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(当時のツアーパンフとチケット取ってた)

大好きだった大江千里さん、
私が結婚、出産してしばらくは活躍を目にすることもあったのですが
(子育て中にポンキッキーズで「夏の決心」を連日聞いていたのもよい思い出)
2007年にジャズピアニストに転向するため
NYに渡られてからはあまり活躍を耳にすることも無くなっていました。
(コロナ禍にワクチンを打った在米日本人としてニュースになっていたのは
なかなか記憶に新しい)

ちょいちょい帰国して
アルバムを発売したり、ライブをしたりというのも知っていましたが
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この夏、なんと私の地元にやってくる!
偶然、先行申込のタイミングでそのことを知りました。
そして会場のホールが
私が月2回~3回仕事で使用しているホールでした。
舞台に立つ方として。

え、あの舞台袖に千里くん来るの?
あの楽屋使うの?
私も立つあのステージに(私は原稿を読むだけだけど(笑))
千里くん立つの?

めちゃくちゃ親近感!

お尻がムズムズしてきた
これは行くっきゃないデショ!!!
てか
ちゃんと
ホールいっぱいお客さん来るのかしら
先行購入なんかしたら最前列になっちゃうんじゃない?
(なかなか失礼なワタクシ)

実際は8列目でした(;^_^A
(ゴメンナサイ千里くん)
どセンターでした(((o(*゚▽゚*)o)))
めちゃくちゃよく見える!

コンサートに「1人で」行くことは人生初めてでしたが
開場前に見回すと
なかなか「おひとりさま」の多いことにびっくり。
そしてお年頃も
驚くほど「同世代」が多い、ってかほとんど同世代のおひとりさまたち。

待ってる間、そして座席で隣同士になった人たちと
話をしたら…
偶然 同い年ー!!!

高校時代、20歳のころ…なんて話も盛り上がって
なんだか初めて会うのに
同窓会に来たみたいなそんな不思議な空気感距離感でした。

そしてコンサートを観て思ったこと。

ジャズピアニストになった大江千里さんなので
今回も「ピアノコンサート」でした。
それでも少し歌ったりするのかしら、と思っていましたが
オープニングのMCの声を聞いて思いました。
『あ、もうこの人は歌わないのだ』

声がずいぶんと変わっていました。
あまり出ていない、と言っても過言ではない。

でもいいの、次から次へとピアノ演奏してくれる
懐かしい当時の楽曲たち!
テンション上がる!
『WOW!』だの『COME ON!』だの千里くんの声も時々聞こえ
コールアンドレスポンスで参加してる感の曲も多かったです。

演奏したのは
すべて私の青春時代の楽曲で
当時「コンサート」で聴いていた曲たち

ピアノから奏でられる力強い演奏に
客席も手拍子や体を揺らして聞き入り
そして歌いました。

なんかねー
本当に懐かしくて楽しくて感動しました。

最近、私たちが若かったころ人気だったアーティストが
久々に歌ったら声が出ていないだの張りがないだの
散々ネットで叩かれて
(確かに、当時と比べると劣化してる感は否めないけど
でもそれって、仕方ないことなのに責めてどーする、と思う。
でも実際残念感というか
あ、聞きたくなったかなという気持ちはわからないでもない)

歳を重ねるって仕方ないけど
切ないな、と思うことが多いです。

そんな中、
大江千里さんは
進化してる、というか形態を変えて進化してる、と感じました。
アイドルっぽかった当時の外見と
POPな歌詞、ちょっと高めの声

40年のときを経て
あの当時の面影は「ほとんど」ないけれど
ジャズピアニストとして
鍵盤を自由に操り、当時私たちを熱狂させた曲を奏でていく

曲によっては客席の私たちに歌うよう促してくる
そして40年の時を経ても
歌詞ってスラスラ出てくるもんですねぇ(笑)

あの一体感。そしてなんとなく同世代の同窓会感(笑)

「若さ」とか「当時の栄光」「当時の姿形」
「当時と同じパフォーマンス」
に執着していない

形を変えてもなお
私たちをこんなに楽しませてくれる、という事実に
感動し、目から鱗が落ちた気がしました。

いつまでも
昔だとかピークのころだとか若さだとかに拘らず
今の自分の等身大で可能なこと、楽しめることに
めいっぱい取り組めること

老化や退化と言われる中で
これは進化だなぁと胸が熱くなりました。

もう若くないからとか
身体がついていかないとか
ついつい言ってしまうし
すぐ諦めてしまうけれど

そんななかでもできることを楽しんでやる、
そんな年の重ね方をしたいものです。

iPhoneの機能のひとつである
「スクリーンタイム」は
どのアプリをどの程度使用しているかを確認できる機能です。

最初の設定なのかな
特に知りたくはなかったのですが
毎週日曜日の朝に1週間のレポートが通知されます。

ワタクシ、けーっこうスマホを見ている時間が多いことは自覚していました。
が。

あるとき
1日のスマホを見ていた時間の平均が9時間弱だったとき

「それって1日の3分の1じゃん…」

1日24時間のうち3分の1は出勤して仕事してます。
8時間とまでとはいわないけれど
そこそこの睡眠時間も確保してます。

ってことは仕事以外の起きてる時間ずっと
スマホを触ってるってこと?

友達何人かにその話をして
「動画とか見てるとそんくらいいっちゃうかもね」と
慰められたものの

ワタシ、スマホで動画見ない。
youtubeもアマプラもTVerも全く、見ない。
(ほとんど見ないけど、でも見るときはスマホじゃなくてTVモニターで見る)

つまり
8時間もの時間、毎日私がしてるのは
① スマホゲーム(ロイヤルマッチ一択)
② ネットサーフィン(もう死語なのかしら)
③ SNS(ロム専)

がほとんどです。

つまり「積極的に誰かと交流してるわけでも、ない」
LINEで延々やり取りしてるとか
メル友がいるとか
マッチングアプリ的なものやってるとか

そういうのはゼロ(ある意味寂しいな)

57歳のオバサンがスマホ依存症ってちょっとどうよ、と思ったわけです。
スマホで私が見ている主なもの
① 贔屓の野球チームのニュース
② 地元のニュース
③ 地元のインフルエンサーのブログ
 (新規開店・イベント・テレビ情報などの情報収集)
④ 楽天・Amazonなどの通販サイト
⑤ SNS

この ⑤ SNSは 
知り合いのFacebookであったりInstagramであったり
みなさまの近況を拝見する、というのもありますが
(わたしもゆるーく更新したりもしていますが)

自分は全くやっていないけど
見始めると止まらないのが「Threads」

Instagramを見ていると
いつのまにかリンクに飛んでThreadsを見ていることが多いです。

見ず知らずの人のつぶやき

会ったことも無い
どこに住んでるかもわからない人の身に起こったこと
ついつい続きが気になって追いかけて読んでしまう。

まさに過去の私のように
配偶者の不倫に気づいてしまいました、これからどうすれば?
なんていう内容も気になります。

そう、かつての2ちゃんねるみたいな感じでしょうか
ご本人の進捗もさることながら
周囲の人たちがどのように捉えて
どんなアドバイスをしているのかも含めて
なかなか見るのを止められません。

「あー、そういう考え方(見方)もあるかぁー」
「いや、それは穿った見方すぎでは?」
「え?世の中ではそれがスタンダードなの?」
「最近の若い人の感覚ってそんな感じなの!?」

一定数
「私の理解の範疇を超えている、まったくわからん」
という考え方の人がいらっしゃるのね、
ということも
よくわかります。

その時々で無責任に
「嫁の立場」であったり「姑の立場」であったり
「娘の立場」であったり
「保護者の立場」であったり
「先生の立場」であったり
「雇用主(先輩)の立場」であったり
「雇われた方(後輩)の立場」であったり


結構感情移入して
読んでいるうちに
あっという間に時間が経っています。

でも。
ちょっとスマホから離れる時間を作ってもいいかもしれない
というか
そうしよう、と思い立ちました。

ということで久々の読書習慣。

そもそも私はかなりの本好きで
趣味「読書」と言ってもよい人生を送ってきました。
(多分40代前半まで)

読書タイムはベッドに入ってから寝るまでの時間
夢中になりすぎて2時3時、なんてこともザラでしたが…

いつの間にかベッドにスマホを持ち込むようになり
すっかり活字から遠ざかってしまいました。
集中力も続かなくなった、という自覚はあります。
本読んでてもすぐスマホに持ち替えてしまう…。

寝る前にスマホ見るのって良くないんですよね。
でも枕元のスタンドも点けなくてもよくて
片手で事足りるスマホをついついベッドに持ち込んでしまいます。

仕事の待ち時間(相手の都合で訪問先での時間調整)
病院の待合室
否が応でも「つぶさなければならない時間がある」とき
意識して本を持ち歩くよう心掛けました。

本は、図書館で借りています。
スマホに読書記録を登録できるアプリをダウンロードしました。
(これまたスマホ依存かよ(笑))
読み終わった本を登録できるのでモチベーションにもなります。

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以前はサスペンス、推理ものが多かった印象がありますが
今は大衆小説、連作短編集など
なんとなく読んでいてほっこり、的な小説を選ぶようになりました。

7月からアプリに読了データを入力するようになり
現在29冊。
1週間に1冊強くらいのペースで読めているのかな、と思います。

お気に入りの作家さんを見つけて集中的に読んでみたり
ネコが描かれている小説を選んでみたり
最近では「墓じまいラプソディ」なんて身につまされる小説も読みました。

小説を通して新しく知ることもたくさんあり
「これは!」と思うお気に入りの言い回しなどにもたくさん出会えます。
ああ、こういう表現をすれば
オブラートに包みながらも核心を突けるな、とか
こういう表現で自分の気持ちを言語化すればいいんだな、とか

そう
「語彙が増える」!

読んだ本は少しずつ自分の中に積み上がっていると実感しています。
(少しずつ、だけどね)



久々に本を読むようになって気づいたこと。
ハードカバーの単行本が減ってる…
新刊の小説でもソフトカバーのものがほとんどです。
これは、読書中にうたた寝をして
固い表紙が顔面を直撃していた私にとっては「改良」だと思いました。
でもこれは本が売れなくなったからの副産物らしいです。

以前両親の介護について
本を借りてきたと書きましたが
今の私の心に響いたフレーズを
(というか色々しんどくなった時に思い出すフレーズを)
備忘録代わりに
いくつか書き記しておきますね。

***********************************

『介護する人、される人のきもちがわかる本』
北川 なつ マンガ・著 / 柳本 文貴 監修
ISBN:9784023333031
定価:1210円(税込)

※ 親にせっかくもらった人生を
  大切にするのも恩返し。
  介護中も、介護が終わった後も、
  自分の人生があることを忘れずに。


※ ネット検索をするときは
  希望のある言葉を足すのがポイント
  「認知症 大丈夫」
  「がん 共に生きる」など。


※ 親が介護で与える試練は
  子どもをもう一段落成長させるための
  最後の仕事なのかもしれませんね。


※ 「自分さえ我慢すれば」や
  「言っても無駄」はまちがいのもと。
  波風を立てた後に
  良い家族関係を作り直せることもあります。


※ 目の前の介護されている人は、
  20年、30年後の
  あなたの姿だと思って、
  寄り添うことができたらいいですね。


***********************************


ひとつ懸念は
老眼との闘いです。
コンタクトと100円ショップの老眼鏡と
近視用の牛乳瓶の底みたいな眼鏡と
いろいろ持ち替えながら
以前よりはかなり苦労しながら読み進めています。

お勧めの本があったら教えてください。

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