50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

楽しい時間

この夏、すごく久しぶりに
コンサート(今はライブって言うのでしょうか)に行ってきました!

結構「その世代」って限られてくると思うのですが
「大江千里」さんです。

私は高校~大学時代
そりゃあもぉ彼の大ファンでした。

当時は
男性としてかっこいいというより
ちょっとかわいくてお洒落で中性的で
POPな男性(自分より8歳年上のお兄ちゃん的)
結構ドラマとか映画にも出ちゃったりしてたもんね
(光GENJIや松田聖子に楽曲を提供したりもしていました)

今で言うと誰みたいな感じ?…と考えてみたら
星野源さんみたいな感じ。かな(星野源さんのファンが聞いたら怒るのか?)

13D72092-B3CE-4971-8B48-FDF0F4FBD5B0
(当時のツアーパンフとチケット取ってた)

大好きだった大江千里さん、
私が結婚、出産してしばらくは活躍を目にすることもあったのですが
(子育て中にポンキッキーズで「夏の決心」を連日聞いていたのもよい思い出)
2007年にジャズピアニストに転向するため
NYに渡られてからはあまり活躍を耳にすることも無くなっていました。
(コロナ禍にワクチンを打った在米日本人としてニュースになっていたのは
なかなか記憶に新しい)

ちょいちょい帰国して
アルバムを発売したり、ライブをしたりというのも知っていましたが
S__119939075


この夏、なんと私の地元にやってくる!
偶然、先行申込のタイミングでそのことを知りました。
そして会場のホールが
私が月2回~3回仕事で使用しているホールでした。
舞台に立つ方として。

え、あの舞台袖に千里くん来るの?
あの楽屋使うの?
私も立つあのステージに(私は原稿を読むだけだけど(笑))
千里くん立つの?

めちゃくちゃ親近感!

お尻がムズムズしてきた
これは行くっきゃないデショ!!!
てか
ちゃんと
ホールいっぱいお客さん来るのかしら
先行購入なんかしたら最前列になっちゃうんじゃない?
(なかなか失礼なワタクシ)

実際は8列目でした(;^_^A
(ゴメンナサイ千里くん)
どセンターでした(((o(*゚▽゚*)o)))
めちゃくちゃよく見える!

コンサートに「1人で」行くことは人生初めてでしたが
開場前に見回すと
なかなか「おひとりさま」の多いことにびっくり。
そしてお年頃も
驚くほど「同世代」が多い、ってかほとんど同世代のおひとりさまたち。

待ってる間、そして座席で隣同士になった人たちと
話をしたら…
偶然 同い年ー!!!

高校時代、20歳のころ…なんて話も盛り上がって
なんだか初めて会うのに
同窓会に来たみたいなそんな不思議な空気感距離感でした。

そしてコンサートを観て思ったこと。

ジャズピアニストになった大江千里さんなので
今回も「ピアノコンサート」でした。
それでも少し歌ったりするのかしら、と思っていましたが
オープニングのMCの声を聞いて思いました。
『あ、もうこの人は歌わないのだ』

声がずいぶんと変わっていました。
あまり出ていない、と言っても過言ではない。

でもいいの、次から次へとピアノ演奏してくれる
懐かしい当時の楽曲たち!
テンション上がる!
『WOW!』だの『COME ON!』だの千里くんの声も時々聞こえ
コールアンドレスポンスで参加してる感の曲も多かったです。

演奏したのは
すべて私の青春時代の楽曲で
当時「コンサート」で聴いていた曲たち

ピアノから奏でられる力強い演奏に
客席も手拍子や体を揺らして聞き入り
そして歌いました。

なんかねー
本当に懐かしくて楽しくて感動しました。

最近、私たちが若かったころ人気だったアーティストが
久々に歌ったら声が出ていないだの張りがないだの
散々ネットで叩かれて
(確かに、当時と比べると劣化してる感は否めないけど
でもそれって、仕方ないことなのに責めてどーする、と思う。
でも実際残念感というか
あ、聞きたくなったかなという気持ちはわからないでもない)

歳を重ねるって仕方ないけど
切ないな、と思うことが多いです。

そんな中、
大江千里さんは
進化してる、というか形態を変えて進化してる、と感じました。
アイドルっぽかった当時の外見と
POPな歌詞、ちょっと高めの声

40年のときを経て
あの当時の面影は「ほとんど」ないけれど
ジャズピアニストとして
鍵盤を自由に操り、当時私たちを熱狂させた曲を奏でていく

曲によっては客席の私たちに歌うよう促してくる
そして40年の時を経ても
歌詞ってスラスラ出てくるもんですねぇ(笑)

あの一体感。そしてなんとなく同世代の同窓会感(笑)

「若さ」とか「当時の栄光」「当時の姿形」
「当時と同じパフォーマンス」
に執着していない

形を変えてもなお
私たちをこんなに楽しませてくれる、という事実に
感動し、目から鱗が落ちた気がしました。

いつまでも
昔だとかピークのころだとか若さだとかに拘らず
今の自分の等身大で可能なこと、楽しめることに
めいっぱい取り組めること

老化や退化と言われる中で
これは進化だなぁと胸が熱くなりました。

もう若くないからとか
身体がついていかないとか
ついつい言ってしまうし
すぐ諦めてしまうけれど

そんななかでもできることを楽しんでやる、
そんな年の重ね方をしたいものです。

なにかと話題の「大阪・関西万博」

行ってきましたー!

…って本当に「行ってきた」だけ、という感じですが(笑)

1968年生まれのワタクシ、
1970年 大阪万博(日本万国博覧会)〇
1975年 沖縄海洋博(沖縄国際海洋博覧会)✕
1985年 つくば博(国際科学技術博覧会)〇
1990年 大阪花博(国際花と緑の博覧会)〇
2005年 愛・地球博(日本国際博覧会)〇

日本で開催された「万博」は ⇑ だそうなのですが
✕がついてる沖縄海洋博以外は行ったことがあるのです。

別に特別な熱量があるわけでもなく
なんとなく「なりゆきで」
結果的に「行ってた」感じ

* 1970年は親に連れられて家族旅行で
* 1985年は父の出張について行って
(一番の目的は2年前にオープンしたTDLに行きたかったのでついて行った
TDLだけでよかったけど、父が万博も連れて行ってくれた)
* 1990年は大学生のときで友達にチケットもらったので行った
* 2005年は当時小学生だった息子にせがまれて家族旅行で行った

ということに気づいたのが今年に入ってから。
どの万博も特に思い出もないのですが…
(子供を連れて行ったときは暑かったのと、ただただ大変だったくらいしか覚えてません)

じゃあ「とりあえず」

* 2025年 大阪・関西万博(日本国際博覧会)

今回も行っておかなくちゃ!!!的なノリで
(相変わらず、それほどの熱量もなく)
開幕よりずいぶん前からツアーに申し込み
そして開幕から少し落ち着いたであろう5月に、行ってまいりました。


55B729F8-E074-4A4F-B6CB-317F1DE9DA71



開幕前の悪評に反して
入場者数は上昇、
並ばない万博、なんてうそじゃーん

でも
でもでも…

楽しかったでーす!!

絶対このパビリオンに入る!という目的もなく、
ツアーなので滞在時間も限られているなかで
お散歩気分で会場内を歩いて

入りやすいパビリオンだけ駆け足でしたが

万博っていろんな国を身近に感じて
旅をしている気持ちにさせてくれるんだなぁと思いました。


楽しい!
楽しい!

SNSなどでも来場者の意見はおおむね好評

というか1度行った人ほど
「もう一回行きたい!」「何度でも行きたい!」と言うらしい。

そして
行く前はあれほど「可愛くない」と思っていた
ミャクミャクを妙に可愛いと思うようになった不思議(笑)

S__115195912_0


わかるー
わかるー

私も
「また行きたーい」
「今度は夜がいいなぁ」
「次こそはもう少し計画立てて」
「もっとたくさんのパビリオンに入りたい」などと思ってしまいました。

みなさまもぜひ!
万博に行ってみられてはいかがでしょうか?
迷ってるなら
「とにかく」行ってみてね


一緒に韓国旅行をしたお嬢さん(同僚・30歳)が
首都圏に転勤になってはや5年。

学生時代はディズニーの年間パスポートを購入し
足繫く通っていたという彼女が
何度も「遊びに来てくださいね!ディズニー案内しますから」
と言ってくれてました。

昨年愛猫が病に倒れる前に、実は
「ディズニーランド40周年だからぜひぜひ」
「うん!行く~!」という話になっていたのですが
それも実現しないままでした。

しかしながら
いよいよ今年、彼女の言葉に甘えて
TDRに行ってみようという話になりました。

しみじみ考えてみると、今30歳の長男が5歳の時(次男3歳)
家族で行ったのが私のディズニー訪問の最後でした。
(回数的には人生でも4回のみ)

子供たちを連れて(当時の)オフィシャルホテルを取って
2dayパスポートを買って
西日本から飛行機に乗って
張り切って出かけた割には子供たちはほぼ喜ばず
もぅコリゴリ、と思った25年前。
私自身はディズニーは好きだけど、
男の子のママとしては二度と家族旅行の候補に上がることはありませんでした。
(その後できたUSJの方が我が家の子供たちにとっては楽しかったみたいです)


私の中でディズニーはテレビの中で見るテーマパーク。
25年前はシーもまだできてなかったし
新しいホテルもできて
新しいエリアもできて
なんだかパス?を取らないとアトラクションも楽しめないだと?
行ってはみたいけど、もう付いていけない
オバちゃんにはハードル高い夢の国、と思っていました。

周囲の友達(同級生や同世代)には
「わっかいなぁ~、私はディズニーに行きたいとは思わないわ」
という人が多く
私自身「行ってみたい」けど
人多そうだし、なんだか大変そう…と思っていたのも事実です。

が。
行くと決めたら行くわ行くわ行くわ
楽しむわ、わたし。多分人生最後のディズニーになると思うけど。

彼女に言われるままアプリをダウンロードし、
「クリスマスコーデ」でカラーを合わせましょ♪と言われ
赤×黒コーデを準備し、おそろいのカチューシャを頭に乗せて(笑)

開園の9時から閉園の21時まで
おばさん、心の底から楽しみました。

頭の中にパークの地図がしっかり入っていて
すべてのアトラクション、ショー、パレード、レストランを熟知したお嬢さんが
手際よく「パス」を取ってくれ
(一部は事前に確認されて「課金」も致しました)
田舎のおばさんが四半世紀ぶりに(こうなったらもう初訪問レベル)
訪れたとは思えないほど
無駄なく
無理なく
効率よく
楽しい時間を過ごしました。

最後は腰と足が悲鳴を上げそうでしたが弱音を吐かなかった自分を褒めたい(笑)

そして
ディズニーの魔法もさることながら
お母さんくらいの歳の私と
一日一緒に過ごしてくれる「娘」のようなお嬢さんに
こころから感謝した一日でした。

「人生最後なんて言わないでください!」
「次はシーに行きましょう!」
「今度は一緒にお泊りしましょ」

年下のお嬢さんの嬉しい言葉に思わず
「また来るー♪」と言ってしまった
(頭にミニーのカチューシャ乗っけた)56歳でした(笑)

S__112246786


クリスマスのディズニー、本当に素敵でした
クリスマス限定の「リルリンリン」(初めて知ったけど)
グッズもたくさんゲットしました

宝くじが当たったら…などという話になると
私は「旅行に行きまくりたい」と答えます。

宝くじのように何億、という話じゃなくても
お金に余裕があるなら「旅行に行きたいな」と思います。
テレビで見る観光地、名所名跡を
実際に訪れて自分の目で見てみたい、と思うのです。
あーあそこの〇〇、ほんと美味しかったわー!
(意外とおいしくなかったわ、もアリかも)と体験したいのです。

結婚しているときはお金もさることながら
元夫が家族旅行しか許してくれなかったので
(自分は出張という大義名分のもと、色んなところに旅行してたのにね)

自分の行きたいところに
自分のペースで行く旅行
友達と出かけていた独身時代のような旅行、には
ずっと縁がありませんでした。

だから離婚した時には
「これで思いっきり行きたいところに行けるー!」と思ったものです。

11月に届を出して
歳が明けて2020年の2月に韓国旅行に飛び出しました。

☞ 2020年2月の出来事② : 50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。


その後コロナ禍の世の中になり
数年おとなしくすごしたのち、
憧れの、
初めての一人旅は2022年9月。

2泊3日のオール自家用車走行距離600キロ弱の旅でした。

離婚後に始めた御朱印帳も持参し、
界隈の神社仏閣をググって
観光の合間に御朱印集めもしました。

自動車での移動は荷造りが楽で(靴でも服でもいくらでも積み込んでおける)
予定変更してスマホ(地図アプリ)さえあれば
どこへでも行ける、というのが発見でした。
(ホテルの駐車場などを考えれば、都会の旅ではなく田舎の旅に適しています)

あと、一人旅は夜ご飯がすこし寂しい、というのも感じました。
私はお酒は全くダメで、
ご当地の名物を食べるお店(夜のお店)に
一人でふらりと入るにはまだ度胸が据わっておりませんでした。

2度目の一人旅は2023年5月、初夏の京都。

同じホテルに3泊して、御朱印集めと
当時出産を控えていた長男のお嫁さんの安産祈願を目的に
神社仏閣巡りをしました。
バスや電車を駆使して(Google mapには本当にお世話になりました)
お詣りだけではなく
法話を聞いたり、写経体験をしたり
修学旅行生に交じってガイドさんの話に耳を傾けたり
「映える」スイーツを食べたり
錦市場で食べ歩きをしたり
THE『女子旅☆京都』を満喫しました。

京都のような観光地だと、
女性一人でも気後れしないお食事処がたくさんあるということもわかりました。

そしてこの旅には関西在住の高校時代の友達が
有休をとって丸一日付き合ってくれました。
一緒に旅をする、じゃなくて
訪れた先に「連れがいる」というのも
久々に友と会えて、一緒に観光をして
一石二鳥で楽しいな、ということにも気づきました。

合間合間で
友達と一緒に日帰りバスツアーに参加、も結構しました。
(コロナ禍の前よりはツアーの数も減り、金額が上がったなぁという印象です)
バスツアーは乗ってしまえば目的地まで連れて行ってもらえるし
(その間ずっと友達とおしゃべりできるし)
添乗員さんの案内で観光情報も聞けるし
効率よく何か所か回ってくれるし
適当にお土産物屋さんに寄ってくれるし
コスパ良く、非日常が味わえるので「楽しい!」です。

*******************************

2回の一人旅を経験して思ったこと…。

「ひとり」だと自由度が高い(そりゃもちろん)

故に

ワタクシ、これでもか!というくらい予定詰込みすぎますねん。
振り返ったとき、「いい仕事したー!!!」というくらい
効率よく、タスクをこなしてる
(観光地を数多く回り、御朱印を数多く頂いてる。
みんな「えー?一日で?これだけ回ったの?」と言う)

なんなら、予定を全うするために
お昼抜き、とか歩きながらコンビニおにぎり食べて済ませたり平気でする。

これって
憧れてた一人旅か?

もちろん楽しい(し、達成感もある)けど
なんかちがーう!(笑)ような気がする

******************************

愛猫が亡くなったことや
同居の母に癌がみつかり手術をしたりしたことから
しばらくは「旅行」という気分にも状況にもなく
大人しくしておりました。

このところ
父も母も足腰がすっかり弱ってきており
母がしきりと
「動けるうちに行きたいところに行っておくべき」
「旅行に行きたいなら行きなさい」
「私たちがまだ留守番できる間に」と言ってくれるので

愛猫の一周忌を終えたこともあり
久々に旅行を計画してみました。



決して一人旅にこだわっているわけではないのですが
「一緒に旅行に行く(レベルに仲の良い)友達」が
今の私には心当たりがありません。

私のようにシングルなら誘うのも遠慮しないのですが
ご主人がこころよく許可をしてくれるのかも気になりますし
まだ子供さんが中高生だったりするとやはり遠慮します。

介護が始まっている友達もいますし
あとは、価値観、金銭感覚がだいたい似通っていないと
一緒に楽しむことは難しいかなぁと思います。
(食事に重きを置く、とかホテルは断然豪華じゃないと、とか
興味のあるなし、とか。)

ということで今回も一人旅。

本格的な冬がやってくるその前の
ぽかぽか小春日和の秋の日に3度目の一人旅に行ってまいりました。

旅行記は
また後日。



IMG_2494


写真は2023年初夏に訪れた瑠璃光院。
紅葉の季節も美しいけれど春の青紅葉もこれまた絶景です。


遡ること今年の3月から
ワタクシ、新しいお稽古ごとを始めました。

『瓢箪から駒』のような経緯で始めることになったこのお稽古
ある女性との再会がきっかけでした。

昨春、部署異動になった私が仕事で出かけた訪問先で
5~6年前(2年間だけ)私の職場にいらっしゃった女性と再会しました。

当時、別の部署だったため顔は分かるものの
それほど親しく会話をしたことはありませんでした。

が、噂で聞いている年齢よりも随分と若々しく見え
とてもお洒落で上品な女性だということは
職場の誰もが口を揃える
「おば(あ)ちゃん」((あ)を入れるか入れないか微妙)でした。

「あらお久しぶりねぇ」と言葉をかけられ
その後、彼女と一緒になる仕事の日は
早めに待ち合わせをしてランチをするようになりました。

そのランチの時の雑談の中で
コロナ禍でそれほど遠出も出来ていない、旅行にも行っていない、という話の流れで
「私は月イチでお稽古のために新幹線でお師匠さんのところに通ってるの」
「それがとてもリフレッシュになるのよ」
と彼女がサラリと言いました。

「?」
「お稽古?お師匠さん?何を習われているのですか?」

「あら?話したことなかった?」
「私、日本舞踊の師範なのよ」

聞けば3歳から日舞を習い、16歳で名取となり
弟子もとっていたとのこと。
転勤族の旦那さんと結婚してから
踊りで身を立てることは諦めたけど

一年前から知り合いの小学生にお稽古つけてるの、
趣味みたいなものなんだけどね。

そして

「今、教えてる小学生たちが4月から中学校に上がるんだけどね
多分、部活動や塾でお稽古続けられなくなると思うの。
せっかくの私の生きがいが無くなってしまいそうなの。
誰か習いに来てくれる人いないかしら?
茉莉花さん、どう?」

ニホンブヨウ…
私のこれまでの人生で1mmの関わりもなかった
全くの「別世界」
日本舞踊がどのようなものか
そもそもちゃんと見たことすらない

でもその時
とても気持ちが動いたのです。

まずは
『自分で着物が着られるようになる』
ーお稽古は浴衣で行うので、まずは着物に着替えるところから始まる
「粋」に着られるようになるわよ。と言われました。

そして何より
彼女が
「姿勢が良くて」「上品で」「若い」のは
ニホンブヨウが理由だったのか!!!!!と
めちゃくちゃ
腑に落ちたからです。

彼女の所作がとても美しいこと
そのことは職場でもよく話題になっていました。

品がある、というのはこのことなのでしょうが
それが一朝一夕で身に付いたものではないということは
良く分かります。

わずかでも、彼女の「所作」に近づきたい、
わたしも「姿勢が良くて」「上品で」「若く見える」
おば(あ)ちゃんになりたい!


…正直なところ
「踊れるようになりたい」という気持ちは1mmも無く
日本舞踊が何たるかも良く分からない状態で
一度、小学生たちのお稽古を見学させてもらい

1週間後には
私は「日本舞踊」のお稽古を始めました。

この彼女(これからはお師匠さん、と呼びます)とのエピソードは
これからちょくちょく記事にしていきたいと思いますので
よろしければお付き合いください。

S__100982812

↑このページのトップヘ