50代からのシングル(シンプル)ライフ ~熟年離婚、しました。

結婚26年で熟年離婚しました。 弁護士の先生にもお世話になりました。 興信所の社長からは「探偵に向いている」と誘われました。 そんな離婚劇のあれやこれや… シングルアゲインのアラフィフの備忘録です。

健康についておもうこと

ここ数年、口を開けば「健康」の話が多いワタクシ。

40歳になったとき、周囲の同級生は
「ガクっときた(衰えを感じた)」と口を揃えて言いました。
私はその実感がほとんどなかったのですが
50歳になったとき、同級生が言っていたことの意味が
しみじみわかりました。

「もう、若くない」
「老いている…」

私の場合、50のタイミングを待っていたかのように五十肩になり
老眼も一気に進んだのがこのころ。

離婚騒動で夜眠れない日が続いたのをきっかけに
夜型だったのがすっかり朝型。
いまでは5時には目が覚めてしまいます。

お肉が大好きだったのに(今でも好きだけど)
あんまり量が食べられなくなりました。

ちなみに血圧・血糖値・コレステロールはすでに服薬治療中
(2か月に1度の通院/主治医の先生とは長い付き合いでなんでも相談できる)
歯については50歳になった時から
3カ月に一度のクリーニングに通うようになりました。
元々虫歯はないのですが、
埋まったままの親知らずの観察と、
加齢とともに懸念される歯周病予防のためです。

加えて、年明けから通っている整骨院の先生に
施術してもらってそのたびに体の張りや疲れを指摘され
身体のプチ情報を雑談として聞かせてもらうのも
なかなか良い勉強、刺激になっています。


美容的な観点で言うと
(これはもう悲惨)
シミ、しわ、ほうれい線、目の下のクマ
ファンデーション塗っても目立つ毛穴
(毎朝、パテで塗る「工事」をしている感覚に襲われます)

髪のボリュームダウン、抜け毛に白髪…

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そもそも私は美容系は「ザ・ズボラ」で
日焼け対策もいい加減(日焼け止めとか帽子や腕カバーも嫌い)
お風呂上り&寝る前に化粧水的なもの一切つけない
髪も乾かさないで(簡単なタオルドライのみ)
そのまま寝る、というスタイルをずーっと貫いてきました(なう)

とにかくお風呂から上がったら、
もう電気切れ、そのままお布団に入って寝たいのッ!を
50年以上やってきました。

良くないというのはわかっているのです。
でも長年の習慣…

しかし
メイクはそれなりにするし
ネイルや白髪染めなど「パッと見えるところ」には
それなりに手をかけていることで
根本の土台がボロボロだということが
あんまり?バレてないっぽい…

のをいいことに!
ずーっと「ズボラ道」を貫いてきましたが

先日美容院で「髪の乾燥が酷い」と指摘されました。
さすがにプロに「髪びちょびちょのまんま寝てます」とは言えず
とても親切にヘアケアについて教えてくれる
イケメン美容師さんの話を神妙に聞きました。

奇しくもお嫁さんから
ReFa(リファ)のヘアブラシとオイルをプレゼントされたことから
まじめに(最低限の)ヘアケアを始めることにしました(始めるっておい)

(だって今までブラシって使ってなかったんだもの 手櫛とくるくるドライヤーのみ)

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すると1週間も経たず、職場の仲良しさんから
「茉莉花さん、髪、なにかしました?」
「ヘアサロンでめちゃいいトリートメントした、とか?」
と声をかけてもらい
(彼女は私が髪を乾かすことなく寝るのを知っている人)
嬉しくなって
「お風呂上りにドライヤーで乾かしてる!ここ1週間くらい!」
(世の女性のあたりまえレベル)
とドヤ顔で報告すると大爆笑されました。

※ ちなみに…美容師さんから教えてもらったのは
  (これってもうすでに皆さんご存じの「常識」だったらごめんなさい)
  髪の乾燥には「ヘアオイル」じゃなくて「ヘアミルク」
  「ヘアオイル」は髪を整えて最後に使うものなんだそうだ
  そしてけち臭い(続くかどうか自分でも半信半疑の)ワタクシは
  ヘアミルクを購入せず、家にあった(これまた福袋に入っていた未使用の)
  ニベアボディミルクを使っています(笑)

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雑誌の見出しにも「生き様は、髪に現れる」とありました。
一朝一夕では手に入らない美しさだからかなぁ

1日数十秒でいいから、自分の体(歯や肌や髪、爪も含む)ことをほんのちょっと意識する……。
そんな時間を持つことを意識して
健康を手に入れよう、
この歳になったからこそ
しみじみ感じています。

…とうとうやってしまいました。

本物の
「ギックリ腰」

1月の孫守りをきっかけに
「背中の筋肉がつる」という経験をしました。




2月から週イチペースで整骨院にお世話になりながら
3月にもまた同じような症状になり

そして年度替りの4月1日
オフィス内での席替えのため、
デスクの引き出しを持ち上げた瞬間
信じられない激痛が腰を襲いました。

腰から脳天に電気が走った☆☆☆☆

泣いちゃいそうでした。

はい、今度こそ間違いない
正真正銘の「ギックリ腰」でした。
しかし、年度始まりの超繁忙の日々では
休むことも叶わず毎日這うように出勤しました。

壁伝いにのろのろ歩く私の姿を見て
社内の色んな方々がデスクまで来てくださいました。

ぎっくり腰経験者のみなさまが嬉々として
語る語る…
我も我もと
自分の経験上のアドバイスをくださいました。

「整形外科に行け」「整形外科はやめておけ」
「鍼がいい」「整骨院に行け」「整骨院はやめておけ」
「温めた方がいい」「冷やした方がいい」

とりあえず2月からずっとお世話になっている
整骨院の先生のところに駆け込んで
施術をしてもらいました。

先生曰く
一言でギックリ腰と言っても
症状も経緯も千差万別、それぞれによって
何がいいか悪いかは様々だということでしたが
  • やった直後(3日くらい)は「冷やす」
  • その後は「温める」
  • サポーター(コルセット)を装着する
は鉄板だそうです。

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(コルセット…6,000円以上した(T_T) 藁をもすがる思いで購入!助けられた~)

そして、どんな施術をしても3日くらいは激痛から逃れることはできない、と。

確かに3日間は寝返りも打てず(もちろん熟睡もできず)
ベッドや椅子から立ち上がる時には腕の力だけが頼り
本当に涙が出そうな痛みに耐えなければなりませんでした。

痛みに悶絶しながら
手や肩を貸してくれる家族がいない夜は
すこし、切なかったです。

10日経過して、サポーターを外していいと言われ
今は動作も普通に戻っています。
ただ、油断厳禁、と言われていて

「動けなかった間を挽回しようと、つい『張り切ってしまって』
もう一度やる人が多い」とのこと。

ぎっくり腰は『癖』になる、というのは
「治りきっていない状態」で「いつも通り(それ以上)動く」
ことも原因だと教えてもらいました。

確かに、4月に入ってから
「かがむ」という動作が出来なかったため
床掃除もできず、一人暮らしの気ままさもあり
床に落ちたものをそのまま放置したり(汗)

季節の変わり目、ファンヒーターを片付けたかったり
衣替えも気になったり…

ですが。
ここは我が身大事で後回し。

今週末は可愛い孫が帰ってくるけど

絶対抱っこはしない
目を合わせるために前かがみになったり
中腰で手をつないだり、しないぞ!( ;∀;)

本当に思う。
健康がいちばん。
元気に普通に身体を動かせることが
どれほどありがたいか、身に沁みた春でした。
(桜の時期は…悶絶している間に終わってしまいました)

年末から1月の三連休まで
1歳7か月の孫との生活で
バタバタとあわただしい日々でしたが

全員がそれぞれの場所に戻り
わたしにもいつもの日常が戻ってきました。

そんなある朝(孫守りから解放された2日後)
歯磨きをしている最中に
急に腰がストンと抜ける感覚がありました。
体勢を変えたとか腰をひねったとか何かのアクションを起こしたわけでもなく
直立不動で歯磨きをしていたそのとき、ふいに
腰がカクン、となって
「…痛い」……なに?

どうやら「ぎっくり腰」のようです。

全く動けないわけではないから「ぎっくり腰」じゃないのか…?

立って歩いたり
椅子に座って作業したり
は、なんとかなるのですが

車の乗り降りや
椅子から立ち上がる、
ベッドから立ち上がる、
何かのアクションを起こそうとすると激痛に見舞われます。

ベッドでも仰向けに寝ることはNG、
横向きだったら大丈夫。

まぁなるべく安静にしながら
様子を見ましょう…と思いながら3週間…

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少しずつ快方に向かっていたようにも思ったのですが
2月に入ってますます痛みがひどくなったので
観念して整骨院の扉を叩きました。

わたし、基本的に整体とか整骨院とかエステ、とか
肌を触られる施術に苦手意識があります。
整形外科で散々レントゲンを撮られた挙句
「骨には異常ありませんねー」って湿布をたくさん持たされるのも
好きではありません
(100%肌がかぶれる。そして「背中」という一人では貼れない部位に
湿布を貼る、という現実に向き合うのが嫌)

でも、なんとかしなければ、と思うくらいこの痛みは限界値にきておりました。

苦手とは言いつつ
少しでも楽になるならと
予約の日が待ち遠しく、すがるような気持ちでした。

先生の手で揉み解されるととても気持ちよく
(そもそも人に触られる、という行為←いやちょっといやらしい(笑))自体が
久々で、あー人の手ってこんなに暖かいんだ、などと
途中からはうつらうつらしてしまいました(笑)

結果、
「ぎっくり腰ではありません」

小さい子供を後ろから追いかける
手をつなぐ、などの中腰の姿勢を繰り返し長く続けたこと、
もちろん12キロを抱っこしたりも多々ありました。

それで背中の筋肉(一部骨盤を通って腹筋にもつながっている)が
けいれんを起こした(つった)
(歯磨きしてるときの腰が抜けた感じのとき)

そのあと、すぐ対処すればよかったのだけれど
3週間放置していたことによって
背骨の周りががちがちに固くなって可動域が狭くなっています、とのことでした。
(初めに背中に触れたときに先生が「うわー」と声をあげられていました。
「がちがちですね」「これはひどい」だそうでした)

とにかく原因と対処法もわかったので
しばらく通院しようと思います。

この歳になって感じることは体のあちこちの不具合
体のゆがみから来ているのではと思うことがあります。

そう考えるきっかけになったのは数年お稽古に通った
日舞の先生がきっかけでした。



日舞をしていると
「体幹」をすごく意識します。(させられます)
肩の力を抜き体の重心をどこに置くか、
師匠に何度も何度も指摘されました。

そして師匠を見ていると
小さいころからそれを意識し身についたかたちというものが
とてもよくわかります。

体幹がしっかりしていること(舞っているときの安定感、美しさ)
姿勢がよく背筋がしっかり伸びていること
足腰、肩などの不具合が一切なさそうであること
めちゃくちゃ健康!
(御年76歳でヒールのパンプスにスーツ姿でお仕事されています)

所作の美しさは体幹には関係ないかもしれないけど
本当に美しい立ち姿、身のこなしです。

整骨院の先生との話のなかで
色々メンテナンスが必要な年齢、という話にもなりました。
今回の痛みのきっかけは孫守りではあるけれど
私の場合、巻き肩も気になるので
そのストレッチもした方がよいとのアドバイスを受けました。

苦手意識は払拭されてないのですが
(何着ていけばいい?
仕事終わりに行くなら一日履いてたストッキング(パンプス)で足臭くないかな?とか)
でも施術はとても気持ちよかったので
頑張って通ってみようと思っています。

友達の脳梗塞の知らせから一ヵ月ほど経ったある日

長男から電話がありました。
「父さんから聞いたんだけど…Oくんのお母さんが亡くなった、って」
「えっ!!!!」

Oくんのお母さん(Oさん)とは
長男、次男ともに同級生で
小学校時代の少年野球のチームメイトのママ友でした。

当時は週末はもちろん朝から晩までずっと一緒
子ども達の習い事も一緒
学校から帰ってから遊ぶのも一緒
チーム役員も一緒にしましたし
連絡網が前後だったので
(Oさんはとてもお喋り好きだったこともあり)
電話では毎回、2時間くらいお喋りしていました。
(元夫は連絡網の電話がかかるたびに
私が長話をするのが気に食わなくて機嫌が悪くなりましたが)


我が家の2人の息子たちは
中学受験をして
地元の中学ではなく
Oくんたちとは別の進路を選んだので
濃いお付き合いとしては小学卒業時まででした。

でも

近所のスーパーで
子どもの部活(高校)の試合会場で
バッタリ遭遇しては「久しぶり~!!!」と立ち話をする、
そんな関係でした。

子どもも社会人になり、
そういえば最後に会ったのは高校最後の夏だったかも…
厳密に言うともう7年会っていなかったのですが
いつでも会える、と思っていたので
そんなに会っていない、という意識もありませんでした。

そして
子どものチーム活動を通して
「数少ない」「元夫のことを良く知っている」奥さんでした。
(当時はチームの父親の飲み会、のようなものもありましたし
県外へ遠征試合に泊りで行くこともありましたので、
元夫も(積極的ではありませんでしたが)チームの活動に参加していました)

Oさん宅の近くのスーパーに行くと
結構な頻度でOさん、Oさん夫に遭遇することがあり
それは元夫も(わたしと別行動の時にも)よく言っていました。

だからこそ
離婚した後、久しぶりに顔を合わせて
「ご主人お元気?」と尋ねられると嫌だな、という意識が働いてしまい
そのスーパーを避けていたのは事実です。
だから、ここ数年はお目にかかっていなかった、
でも
その気になれば、いつでも会えると思っていた


そのOさんが、亡くなった。

何故?

…長男の話では
「詳細なことは父さんも全く分からないと言っていた」
「事故なのか病気なのかも分からない」
「昨日今日のことなのか、もうずいぶん前のことなのか分からない」

何にも分からないのか!!(元夫の役立たず!!)

元夫がそのことを知ったのは、
同じオフィスビルに入っている系列会社に勤める
当時のチームメイトのお父さん(Nさん)が
顔を合わせた時に「そういえば…」と教えてくれたとのことでした。


Oさんの訃報を元夫から(長男を経由するにしても)教えられるのも気に食わない
(仲が良かったのは私なのに、という悔しさがある)
亡くなったことの詳細について全く伝えてこない詰めの甘さも気に食わない

何より
信じられない
信じたくない

2日ほどぼーっと過ごした後
意を決してNさんの奥さん(この方もチームのママ友)に
LINEで尋ねてみました。

**************

Oさんは2年前に子宮頸がんが見つかって
抗がん剤治療もしたけれどダメだった。
最後は緩和ケアだったが
コロナ禍なので
入院してしまうと
簡単に家族がお見舞いに行かれない状況になるため
最期まで自宅で過ごした、とのこと。

偶然ですが、私が彼女の訃報を知ったのが
ちょうど四十九日の日でした。

Nさんも、もう何年もOさんにお目にかかっておらず
闘病していることも全く知らなかった。
亡くなってからすべてを知って驚いた、とのことでした。


***********************

Oさんは私よりお若くて
美人なのにとても気さくで

小学校でもPTAの執行部を長年バリバリやっていて
本当に元気溌剌、頭の回転が速い、仕事が早い女性でした。
お料理の手際もよくて、よく簡単レシピや
おすすめ調味料などを教えてくれました。

子育てがひと段落つくのを待っていたかのように
第一子出産まで勤めていた銀行から
「カムバック」の声がかかり

「わたし、働きたいの。働くのが好きなの。だから誘われて嬉しいんだ」と
声を弾ませて
12年間の専業主婦生活に別れを告げ
羽ばたくように社会復帰していったOさん。

毎週のように長話していたときに
聞かせてもらったご主人との馴れ初め話、
ご家族の話 etc.

思い出すことがたくさんありすぎて
数日は彼女を思い出しては涙が溢れました。

癌が分かったとき、怖かっただろうな
子ども達を置いてまだまだ生きたかっただろうな
あんなに何でも出来る若々しい彼女が
おばあちゃんになったら
どんなにアクティブなおばあちゃんになったかしら
まだまだ
まだまだ
生きていたかっただろうな、と思うと
切なくて
やりきれなくて

そして
残された時間が限りあるものだと悟ってからの日々は
どんな想いで過ごしていたのだろう、

もし、彼女の闘病を知っていたら
私はどう声をかけたのだろう
彼女の心に届くような寄り添い方が出来ただろうか

そんなことも考えました。

この話を聞いてもらった友達は
同じ癌で闘病し亡くなった友達を身近で見ていた経験がある人なのですが

「何も知らないまま訃報を知って色々後悔する気持ちも分かる、
でも私は、一緒に過ごした最後の日々の中で
かけたあの言葉は正しかっただろうか、
闘病している彼女には厳しすぎたのじゃないか
もっと別の言い方があったんじゃないか
もっと言うべき言葉があった気がする、と今でも色々考える。
どっちだとしても、つらいね」
と話してくれました。


あんなにしっかり者の彼女が
婦人科健診を受けていなかったのかしら、とポツリと言ったら
友達が
「そういう『しっかり奥さん』『しっかりお母さん』こそ
自分のことを後回しにしがちなんじゃないかな」とも言っていました。

「ただし」と友達が続けたところによると
子宮頸がんがとても増えている、と検診のときの医師に言われた、とのこと。
必ず、子宮がん検診を受けてね、と女医の先生に滾々といわれたそうです。

検診や
早めの治療
そして生活習慣で
健康を維持することが出来るのならば
これからの余生、QOLを向上させるためにも
子ども達に心配や迷惑をかけないためにも
出来ることはしなければならない、と思っています。


初盆、ですね。
彼女の魂はご自宅に帰ってこられるかしら。

こうやって記事に書いていても
まだ信じられなくて
訪ねて行ったら彼女が玄関を開けて迎えてくれるような気がして
切なくなります。

Oさんのご冥福を心から祈っています。

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脳梗塞の友達の近況です。

先日、メッセージが届きました。

「あまり、長く打てないんだけど」と前置きがあり

「リハビリ、頑張るわ」
そして
「ドライブ、連れてってね」

小さなスマホで文字が打てるまでは回復してきた様子。

詳細は分かりませんが
意思の疎通が出来るということを嬉しく思い

焦ることなく
笑顔で再会できる日を楽しみに待とうと思います。

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